輪るピングドラム 10周年 歪んだ考察 難しいのになぜ泣ける?地下鉄サリンと愛の解釈

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今回は、2011年に放映され、2022年に再始動して前後編で、劇場公開されている「輪るピングドラム」をTV版24話みた感想になります。

輪るピングドラムは、かなり難しいお話になるのですが、愛という誰もが抱くテーマを扱っており、私は最終話で号泣してしまいました。なぜ泣けるのか?

そして、劇中にちりばめられた、子供ブロイラーや、オウム真理教から地下鉄サリンについての、考察なども深くやっていきたいと思います。




今回、輪るピングドラムは、サブスクリプションサービスであるUNEXTに契約して、視聴しました。

 

※今回は、再始動が劇場公開されようとしていますが、アニメ放映から10年以上経過しているので、最初からネタバレしています。ご容赦願います。

また、今回はただ物語のメタファーを追うのではなく、私の人生もからめながら、「このキャラはこうだったに違いない」といういわば、固定観念ましましの考察になります。お見苦しいと思いますが、よろしくお願いします。

 

 

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輪るピングドラムと家族愛について 本当の父母でなければ、幸せになれないのか?という問題提起

輪るピングドラムは24話のボリュームにしては、登場人物が少なく、その分、各人物の掘り下げを深く行っています。

すべての人物がどのような家庭環境で、トラウマをもっているのかを説明すると長尺になるので、要約すると(1キャラ分の考察だけで、1記事書けるレベルです)

 

幼少期から親や友人などの愛情に恵まれず、愛情が得られなかったトラウマを取り戻すために、異常な行動や考えをしている

輪るピングドラムの根底には、家族愛があり、主人公の高倉兄妹は3人ともバラバラの家族ということが、明かされ、これが壮大な伏線になっています。

 

ヒロインといえる、荻野目苹果(りんご)は、幼少期は両親に育てられたものの、現在は母がシングルマザーとなり、父は別の家族と再婚する予定です。

基本は疑似家族ものですが、高倉家がバラバラになりながらも、なんとかつながろうと、晶馬(しょうま)冠葉(かんぱ)が、奮闘して、不治の病の妹、陽鞠(ひまり)を助けようとします。




彼らに対して、批判的な視線を保ちながらも、劇中で彼らと対峙するキャラは、大人でありながら、幼少期、本当の親から虐待、ネグレクト、スパルタ教育を受けて、行動や人格が歪んでいる一面があります。

 

現代では、片親で育てることや、養子をとる、さらには将来的に結婚という形をもたなくても、子供を育てる価値観などもあがってくるので、不思議には思えませんが

2011年は、まだ「子供は本当の父母によって育てられることが幸せなのだ」という価値観が、主流だったのかもしれません。

 

 

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輪るピングドラム 考察 黒幕 荻野目桃果と渡瀬 眞悧の愛について

物語のキーパーソンである、荻野目桃果と渡瀬 眞悧(以下サネトシ)。

この2人は、物語のリアルタイムでは、すでにこの世から存在しておらず、概念的な存在になっています。

 

渡瀬 眞悧 作中で最も強い愛(自己愛)を持つ青年

サネトシは、オウム真理教の麻原彰晃がモデルといわれています。

サネトシは、端正なルックスと明晰な頭脳を持ちながら、この世のなかに虚無的な感情を持ち合わせています。

彼は、ピングフォースというテロ組織を秘密裏に結成しており、各地で爆破テロを起こしています。

目的は、世界の仕組みであるこどもブロイラーによる選別からの解放といわれています。(このあたりは解釈が分かれます)

選ばれた人と選ばれなかった人を選別することをあたりまえとした社会。成果主義と自由恋愛に転換した、わが国日本・・・

これは今でも十分に通用するテーマです。




サネトシの愛について

サネトシにも愛があります。それは徹底した自分の思想を愛でる自己愛です。

彼の言葉、考え方は、誰かに伝えよう、伝わってほしいという目的で発せられるものではなく、自分の考え、思想は正しいものであると、自己認識、肯定するものばかりです。

そのため、作品がシリアスになり、サネトシが観念的な発言をすることを、我々がすべて理解する必要はないです。

ピングドラムは愛の話であり、サネトシもまた、愛に狂わされたキャラクターとして描かれています。

 




 

荻野目桃果 作品の中でもっともファンタジーな人物と意味不明な行動原理

荻野目桃果はりんごの姉であり、16年前の地下鉄爆破テロで、サネトシの目的を阻止する際に、相打ちの形になり、消えてしまいました。

輪廻するように、妹のりんごが生まれてきたのです。

 

物語序盤は、りんごが桃果の果たせなかった恋を成就するため、桃果の大切な男友達だったタブキ先生との子供を作ろうと、ストーキングします。

桃果に関してですが、サネトシが徹底して化学で世の中を破壊しようとするのに対して、彼女は自分の日記で運命を変えるスピリチュアルな手段で対抗しています。かなりファンタジーな人物です。

 

運命を書き換える際に、人の生き死にを変えてしまう場合は、桃果に対して肉体的な罰を伴います。なんだか、逆デスノートですね。

 

荻野目桃果の愛は暴力性を伴う

輪るピングドラムは、桃果とサネトシの対立に周りのキャラが巻き込まれているのですが、サネトシが悪で、桃果が善という単純な描き方がされていません。

桃果も桃果で、異常すぎる自己犠牲と、意味のわからない愛情を持っています。

 

 

なぜ彼女が、その身を犠牲にして、タブキとゆりを助けたのか、彼女たちに愛情を注いだのかが、あいまいで不明です。「愛なんだから、情がわいたら行動するでしょ?」といわれたらそれまでですが・・・

この作品は、それぞれのキャラが、過去に○○が起こったから、○○を求めていると、かなりロジカルに描かれているにも関わらず、桃果に対しての行動原理は不明すぎるのです。

 

 

そして、彼女が突如消えたこと。彼女があまりにも短期間に特定の人に愛を注いでしまったことで、タブキ、ゆり、りんごの親は、桃果を失った喪失感とトラウマを抱えたまま、人生を狂わされてしまいます。

これって、サネトシとはまた違った、暴力的な愛であるのでは?と僕は感じました。

 

 

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輪るピングドラムの謎と考察 桃果とサネトシの親について (筆者の勝手な解釈)

桃果の親は、りんごの親になるわけで、劇中に何度か登場します。

歪んだ親が多いピングドラムにおいて、荻野目夫婦は、離婚はしていますが、世間的な親であり、最低限の愛は桃果やりんごに注いでいます。

サネトシに関しては、一番重要な人物でありながら、幼少期の描写が全くされていません。こどもブロイラーによって、透明になりかけたのか?親から捨てられて放浪されていたのか?

 

 

私は、サネトシは、テロや殺人鬼をモデルにしているので、必ずしも悲壮な家庭に生まれたわけではなく、普通の家庭に育ち、十分な教育を受けて成人したと予想されます。

つまり、他のキャラは、家族というスタート段階で、つまずいてしまったので、運命に対して嘆いていますし、嘆くことを許されています。

一方で、サネトシは、家庭は普通だったけど、自分から誰かに選ばれる、誰かを選ぶことができず、その選定から零れ落ちたために、こどもブロイラーと自分の境遇を重ねて、テロに身をゆだねたのだと思います。




 

彼のテロは、愉快犯ではなく、思想そのものです。なぜなら彼は首謀者であるにもかかわらず、現場に出向いているのです。間接的な自殺願望があったのかもしれません。

もし、こどもブロイラーを止めたいのであれば、桃果や晶馬でもたどり着ける、こどもブロイラーの場所まで、いって施設を破壊すればいいのです。

彼が、電車や公共でテロを繰り返すのは、単純に「自分に振り向いてくれなかった世間への逆襲」ではないでしょうか?

 

親の基本的な愛情が誠実な子供につながる・・・そうであれば、世界の中でも裕福で安全な暮らしがしやすい、日本で自殺者がなぜ多いのか?

それは、自分で幸せを獲得したとか、誰かに愛されたという感覚が、あまりにも欠落している、得られづらいから・・・満たされないから・・・いろいろ考え方はあります。

 

 

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輪るピングドラム こどもブロイラーとは何か? 欲望によって生まれた子供たち

輪るピングドラムの強烈な世界観を構築するうえで、「こどもブロイラー」は欠かせません。

ブロイラーには2つの意味があります

  1. 肉をあぶり焼きにする器具
  2. ブロイルに適する食肉用の若鶏

作中を見ると、不要になった子供たちが殺処分されるような印象を受けます。ただ、ブロイラーの意味をたどると、食用の若鶏なので

親の一時の欲望のために利用された子供たち

という解釈ができます。

不要な子供を殺処分するという考えは、1段階目の考えでしかありません。




子供は単なる労働力として生まれ、育てられるのではなく、親のトラウマの修復だったり、愛情という不確かな要素によって、育てられるという、自由恋愛の歪になります。

つまり、家の跡継ぎや労働の場合は、どのような形でも子供が欲しい(ただ健康的な子供に絞られる可能性はありますが)だったのが、現代では「○○な子供が欲しい、こんなことができる子供が欲しい」という子供への負荷や期待があまりにも、大きくなっていることが警鐘されています。

 

私たちが、食用の肉に対して、きれいな見た目であってほしいとか、やわらかくあってほしい、おいしくあってほしい。それともはや子供は同じではないか?というかなり恐ろしい結論が、浮かび上がりました。

 

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輪るピングドラム なぜ難しいのに泣けたのか

ここまで、小難しくピングドラムについて、語ってきましたが、最後に私がなぜ最終話で泣いたのか勝手に語ります。

 

キーポイントは2つのセリフです

この世界は選ばれるか選ばれないか、選ばれないことは死ぬこと

誰かの愛しているっていう言葉が僕たちには必要だったんだ

世界に選ばれるというのは、要するに親ガチャです。誰かに愛されるというのは、自由恋愛だったり、友情だったりします。

 

しかしながら、私がサネトシと桃果の考察で語ったように、親からの基本的な愛は、教育や教養などを身に着けますが、それが選ばれたという感情に直結しないです。

最終話は、要約すれば、この選ばれた、愛されたという行動や結果が、怒涛のように降り注ぎ、24話分の想いが結実したように、感じられるのです。

 

家族がテーマになりながらも、最後は家族だけでは満たされない、家族以上のものというものが、ピングドラムのカタルシスになっています。

 

2011年は、あの花、タイバニ、まどか、シュタインズ・ゲート、そしてピングドラムと

1年に1本ある傑作が、集中したというアニメ界の転換期、黄金期といってもいいでしょう。

その中の、ピングドラムを見ることができて、本当に良かったです。

あと、もしここまで4000字の長文を読んでくださった方がいれば、ありがとうございます。私はその行動だけでも、満たされます。




このブログでは、他にアニメや映画の考察を行っています

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