学生時代に映画を1000本近く鑑賞した経験から、北野武監督で一番好きな「キッズ・リターン」の評論、考察をしていきたいと思います。
ヤクザ、ボクサー、お笑い芸人、タクシードライバーと様々な職業、立場に挑戦していく若者の青春群像劇を描いたキッズリターン。特にエンディングの「まだ始まっちゃいねぇよ」というセリフが名言として有名です。
北野武映画は多岐にわたり、人によって最高作品が異なります。
私も正直、すべてを見たわけではないのですが、繰り返し見たうえで、このキッズリターンは、青春映画としてもヒューマンドラマとしてもとても好きで、武映画で一番好きですね。
このブログでは、不定期ながら映画評の記事も書いています。よろしければ参考にしてみてください。
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キッズ・リターン 北野武監督作品 配信の可能性について
まず、はじめに北野武監督は、国民的コメディアンですが、映画監督しても著名です。しかしながら、オフィス北野から独立し、権利問題からか
Hulu、ネットフリックス、アマゾンプライムといった大手配信サイトでも、北野武監督作品を見ることはできません。
現状では、ツタヤなどのレンタルショップで借りるか、オンラインでレンタルDVDを郵送してみるかなどの選択肢があります。
いずれ、北野監督作品がサブスクリプションで配信され、多くの人々の目に触れてほしいと思っています・・・・
キッズ・リターン 考察 大人や周りに振り回される若者の残酷な青春群像劇と若者の結末について
北野武監督は数学が好きで、論理的な思考をお持ちの方で、映画でも独自のルール、規範をもとに作られています。
結論から言うと、キッズ・リターンという作品は
自分に意志がなく、大人や周りの言うことに振り回される若者が失敗する物語
前述の通り、キッズ・リターンは、青春群像劇です。
それぞれの立場を簡単に解説すると
マサル
学生時代から不良でカツアゲを繰り返す。カツアゲの仕返しとしてボクサーに返り討ちにあったことがきっかけで、ボクシングに励む。
ボクシングでシンジとの差を見せつけられ、熱が冷めて、行きつけの中華店で出会ったヤクザの組長に憧れて、ヤクザの世界に入る。
シンジ
悪友マサルを慕っていて、真面目な一面もあるが、白にも黒にも染まるような性格。
ボクサーとしての才能を認められ、マサルがジムから離れてもボクシングを続けるが、マサルがいない寂しさを埋めるように、落ちこぼれ中年ボクサーのハヤシについていくようになって・・・
南極五十五号
オープニングに登場するのは、シンジ、マサルではなく実はこの漫才コンビ
高校時代から自主的に漫才の練習をしたり、マサルに脅されながらも大阪へ漫才を学びに行ったりする。
漫才の腕が非常にあるという描写はされていないが、最終的に満席の前で漫才を披露する。
ヒロシ
ある意味、キッズ・リターンの主人公。母子家庭でいじめられっ子。いきつけの喫茶店で想いを寄せていたサチコに告白して、結婚。
はかり会社で勤めるが、ノルマ営業につかれ、同僚に誘われてタクシードライバー。タクシードライバーでもブラック体質な、指示をそのまま受け、寝不足?で事故を起こす。
生死は不明だが、マサル、シンジのように成功、幸せになれなかった人物として描かれる。
カズオ
マサルが所属するヤクザの組長の子分。マサルの先輩にあたる。ヤクザの組長が通っているラーメン屋店主の息子。最初はラーメン屋を手伝っていたが、ヤクザの子分になる。
組長からは、可愛がられており、マサルよりも小遣いをもらっているが、最終的に敵対ヤクザを殺した責任を負わされて、刑務所におつとめに行く。
青春群像劇としては、珍しく、南極五十五号以外の若者たちは、夢を挫折したり、一生傷を負ったり、懲役になったり、生死不明だったり・・・かなり惨い結末を迎えています。
キッズ・リターン 名言 「まだ始まっちゃいねぇよ」はグッドエンディングなのか?バッドエンディングなのか?
キッズ・リターンを語るうえで欠かせないのが、ラストシーンで、再び自転車に乗るマサルとシンジ。
シンジが「まーちゃん、俺たち終わっちゃったのかな?」と尋ねると「バカヤロウ、まだ始まっちゃいねぇよ」と勢いよくマサルが返し、二人がにやけながら、エンドロールに入ります。
このやりとりは、北野武映画のなかで屈指の名シーンとして、語り継がれています。
言葉通りに、また人生に対してリベンジする若者として、勇気をもらったという声がある一方で、もう終わってしまった若者の話として、教訓として受け止める声もあります。解釈が1つに絞られないのが、いまだに語られる理由です。
キッズ・リターンのインタビューで、北野武監督は、当初、マサルはヤクザに殺されるというラストを思い描いていましたが、「その男、凶暴につき」「ソナチネ」のような暴力性、実際に人を殺めている主人公と異なって、マサルに死という結末を与えることは、度が過ぎていると考えて、とどまったようです。
マサルは片腕が使えていない障害をもった状態ですが、命があり、まだやれるという根拠はないですが、自信があります。
以上から、自殺、他殺という末路をたどっているほかの北野作品と比較して、マサルにまだ人生が遺されるという希望は感じられます。
キッズ・リターン 真の主人公 ヒロシについて
北野武監督は、筋を通す、非常にまじめで勤勉な一面があり、悪いことを考える奴、暴力を私利私欲で利用するキャラは、ことごとく罪を与えます。
しかし、キッズ・リターンでは、大人やまわりに左右されるけど、非常にまじめで苦労しているヒロシというキャラに、最悪の結末を迎えさせます。
キッズ・リターンは、青春映画のアンチテーゼになっています。
- 恋愛は人生のゴールではなく、長い人生のスタートであるということ(恋愛を成就させることが幸せ)
- 無軌道な若者だけでなく、無計画な若者にも厳しい(暴力的で悪さをするものばかりが不幸になるわけではない。仲間想いのヤンキーを称賛する)
- 周りの大人たちは、人間関係に疲れ、若者たちを陥れようとするものが多い(周りの大人たちは若者をサポートする)
ヒロシは、母子家庭の親に苦労させないため、高校をでてすぐに働きます。さらに喫茶店で想い人だった美人のサチコと結婚することができました。
普通の青春映画なら、ヒロシは幸せになるべき人間として設定されています。
一方で、キッズ・リターンでは、ヒロシもその後の人生が描かれ、将来の目標がなく、まわりに言われるままに動いた彼は、就職でことごとく失敗します。
この当時から、北野武監督からみた若者には、目標がなく、やる気もなく人生を生きているため、悪い大人の食い物にされているという社会が見えていたのでしょう。
2020年になって、さらにその傾向が顕著になりました。私もその一人なので、ヒロシの結末は、非常に胸を痛めながら見ていました。
キッズ・リターンは北野武監督のなかで最も残酷で深みのある作品に仕上がっている
キッズ・リターンは、ヤクザ映画でもなく、死人は北野武作品では、かなり少ないですが、当時の社会の雰囲気を反映しているため、明確な現代劇として、最も残酷で深い作品だと思います。
従来の武映画と同様に、「暴力はいけない」「人を騙してはいけない」という寓意性が込められている作品ですが、ヒロシのように、一見わかりにくいけど、多くの人が当てはまっている危ない生き方も描かれています。
見れば見るほど、若者それぞれの考えや行動に注目してしまいますし、年齢を重ねるごとに深みがます作品になっています。