moon エンディングを受けての考察 目標や達成することがゲームのゴールではないエンディング

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プレイステーションで発売され、一時期かなり高騰したアンチRPGことmoon。勇者が殺したアニマルの魂をキャッチして助けるという異色のシステムが話題を集め、さらに衝撃的なエンディングも賛否両論巻き起こしながら、独特の世界観を築いた本作を振り返ってみたいです。

エンディングについての言及があるため、当たり前のようにネタバレします。

もちろん前情報なしの方が驚きは大きいですが、すべてのネタバレを知ったうえでもmoonを遊びながら「この人はこういうこと考えているのかな~」とあれこれ考えながらプレイするのが非常に面白い作品です。

当ブログでは、ゲームのストーリーの考察やレビューについて重点的に記事を書いています。

過去には、moonのアンチテーゼ先だったドラゴンクエストや、ストーリーの評価の高さで人気となった龍が如くを取り上げております。

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moon エンディングの役割 目標、到達物としてのゲームからの解放

moonのエンディングは主人公が必死に助けてきたアニマルが、プログラムによって定められた運命によって、勇者にすべて葬られ、主人公も勇者に切られてともども消えていきます。

残された選択肢は、コンテニューの有無で、コンテニューをすると、避けられない滅びの運命をまたたどることになり、テレビの向こうは砂嵐のままゲームオーバー。

moon 冒頭 感動

コンテニューをせず、部屋から出ることによって、アニマルたちはプログラムに定められた運命から解放されます。

最初は、「アンチゲームなのかな・・・」「リアルで頑張れってことかな」という額面通りの観方しかできませんでした・・・

このエンディングは決まっていて、アニマルをすべて解放したり、住人の悩みをフルコンプしたとしても、グッドエンドとかトゥルーエンドが用意されて、ゲーム内の住人が救われるお話もないんですよね。

ゲームに時間や愛情をかければかけるほど、喪失感が大きくなります・・・すべてのゲームデータを消去したうえでエンディングをみる「ニーアレプリカント」も彷彿とさせます。

(プレイヤーのプレイについやした努力や時間とは対照的な結果を提示するゲームが増え、それが受け入れられるという時代になりました)

このmoonの「ゲームからリアルへ」ってアプローチは、moonのストーリーを文字通り「ハッピーエンディングだった」と終わらせるのではなく、現実で「moonってどうだったのだろう?」って語ってほしい、いつまでもmoonへ抱いた感情が現実でも使えるようになってほしいって狙いがあるのかなぁと感じます。

(ゲームでストーリーを語る必要性というのは、グラフィックが進化すればするほど重要になっていきます)

この2019年もこうして、ブログやYOUTUBEでゲームのストーリーや世界観の考察が繰り広げられているわけですが、moonは20年以上たった現在でもストーリーについて話されている数少ないソフトになっています。

さらに、ゲームクリエーターがどのようなメディアや生活に触れてゲームを作り出したのか?というインタビューが現在では当たり前になりました。

さらにmoonは攻略サイトでメインストーリーのフラグばかりを追い続けても、ストーリーや世界観の半分も理解することが難しい作品です。

moon イベント トットテルリ

(エンディングに限らず、あらゆる展開で、あらゆる考えや視点が許されるストーリー)

おばあちゃんが追い続ける孫と勇者の正体と、大臣の目論見の関係性を筆頭に

「ゲームをクリアする」

「隠し要素をすべて解放する」

という「ゲームを到達するもの、課題」として捉えるプレイについて異議を唱えています。

思えば、「SIREN」というホラーゲームもゲームを遊んだ時間よりもはるかにストーリーを解説、考察した動画を見ている時間の方が長いんですよね。

本当の意味で、未知の世界を旅するワクワク感がmoonにはあります。

苦労はしましたが、moonについてはゲームの攻略情報よりも、語りブログのほうが盛んだったりします。

エンディングまでたどり着き、その足跡を振り返ってみると、moonは実にゲーム愛にあふれた作品・・・と結論付けることができます。

moon アニマル 勇者

(ムーンのエンディングは、ゲームを終わらせることではなく、ゲームが終わったことを受けて、あなたはどうするか?という問題提起とも取れます)

おもちゃからメディアへ進化した初代PS時代のmoon

さて、スイッチでmoonが2000円ぐらいでダウンロードできたので、エンディングまで駆け足でプレイしました。

初代プレイステーションの時代って、音ゲーの始祖的な「パラッパラッパー」やFPSでひたすらジャンプする「ジャンピングラッシュ」、シュールな実写映像で爆弾解体する「鈴木爆発」、言葉遊びと奇抜なCGだけでゲームになった「せがれいじり」と新しいジャンルや、実写映像や使える音楽の広がりによって、「メディア」として成長した時代でした。

(ビジュアルでの衝撃と、単にクリアや腕を競うだけがゲームではないというメディアとしての方向性が模索された時代)

moonがアンチRPGといわれたのも、RPGというのがスーパーファミコンまでの絶対的なジャンルの一つであって、お約束、定型化した内容に対して異議を唱えるというポジションに意味があったわけです。

そして、moonもクレイアニメをふんだんにしようしたり、様々なアーティストを複合させたBGMといった「メディア」としてゲームをとらえた作品になってます。

基本の流れとして、ゲームの世界に迷い込んだ主人公は、アニマルの魂をキャッチして救ったり、moonの世界で悩んでいる人たちの悩みを解決することで得られる「ラブ」によって、レベルアップします。

レベルアップすれば、長い時間活動できるようになります。

フラグを解決したり、ミッションをこなすことで、行動範囲が広がるというのは、すごいゲームっぽい構成になっているんですよね。

ただ、行動範囲が広がるだけでなく、朝→晩を何度も過ごすことができるので、住人やアニマルの行動を観察する時間が長くとれます。

moonはかなり「待ち」のゲームです

逆にRPGやアクションゲームなどは思考する時間もありますが、プレイヤーが解決方法をしっていたり、ガシガシコントローラーを動かして、先に進める「攻め」のゲームともいえるのが、基本的な流れです。

「たけしの挑戦状」で地図をかわかすためにコントローラーを放置するという攻略法がありましたが、moonも朝・夜だけでなく特定の時間でしかあらわれないアニマルがいたり、放置することで活路が見いだせたりする場面がかなりあります。

また一日のタイムスケジュールにそって、住人たちの行動が細かく変わるゲーム性は、「ゼルダの伝説ムジュラの仮面」や「シェンムー」などのライフシミュレーターの要素を含む作品に受け継がれています。

特に、ムジュラの仮面はタイムスケジュールの管理をゲーム性の肝としていて、細かく時間を巻き戻しながらも行動範囲を増やしていきます。

また、ゲームのBGMを購入した音楽で切り替えていくというシステムも、運転中のBGMをラジオで切り替えるGTAなど、細かいポイントでものちのゲームに関係しているところが非常に多いです。

アンチテーゼを作るためには、テーゼ(定説)を完全に理解する必要があるため、このゲームの製作人は、骨の髄まで当時のゲームを愛しており、ただ、ゲームを皮肉るゲームを作ったのではなく、これから10~20年のゲームのシステム予想も兼ねた実験的な作品を作ったんだな~と深く感心しました。

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