The Last of Us Part II(ラストオブアスパート2)ストーリー考察 ネタバレ注意 なぜ炎上したのか? 

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今回は6月下旬に発売されたPS4ソフト、The Last of Us Part II(ラストオブアスパート2)、以下ラスアス2のストーリーレビューをしたいと思います。この作品は特定のキャラの扱いについて、前作のファンを筆頭に、ネットで賛否両論になっており、炎上しています。文化的背景、感情的背景、様々な要因がありますが、私はこの作品のストーリーは素晴らしいものだと感じたので、個人的な理由も加えて、エンディングまで到達したうえで、語りたいと思います。なお、この記事は、ネタバレ要素を多分に含みます。


ゲームのストーリー評価は、過去のブログでもいろいろ行っています。よろしければ参考にしてみてください。

 

The Last of Us Part II(ラストオブアス2) クリア後ネタバレ全開の感想 なぜストーリーは残念だったのか? part2とアビーの設定の真実について考える

YOUTUBEにも動画を投稿しました。ブログに比べて、「なぜ炎上したのか?」「ストーリー構成はどうまずかったのか?」「アビーはなぜ嫌われているのか?」そのあたりを深く考察しています。ラジオ代わりに閲覧してみてください。

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ラストオブアスパート2は、ジョエルを許せるか?どうかの話である

エリー アビー 復讐

ラストオブアスパート2は、「復讐」の話であることは、誰もが受け取れるものになっています。

主人公は、1作目で物語の重要なカギを握り、ジョエルと最後まで行動を共にしたエリーと、ジョエルにとある理由で復讐心を持ち、復讐を果たすアビーの2人です。

 

 

加害者と被害者を両方操作し、それぞれの心情を第3の視点で見るというのが、新鮮なストーリーです。

ラスアス2の物語は、「エリーがジョエルを許せるか?」という内容だと感じます。

世界の救出と引き換えにエリーの命を取ったジョエルを許せるか?という1作目から続く哲学的なテーマも引き継いでいます。

 

そして、アビーは、ある意味ジョエルなのです。アビーの行為を赦(ゆる)せるかどうかというテーマは、エリーがジョエルの行いを客観的に受け止められるかどうかという内容につながります。

 

ラスアス2でエリーと対峙するWLFとセラファイトの役割と思惑について

物語を通して、エリーはWLF(ワシントン解放戦線)とセラファイト(宗教団体)と戦います。

WLFとセラファイトは両者、敵対関係にあり、シアトルの資源を奪い合っています。

WLFは軍事団体と居住区を作っており、セラファイトは時代錯誤な厳しい戒律によって規制しています。


どちらも裏切り者に対しては、処刑するなどルールを徹底させており、暴力による統治を厭いません。

エリーは、彼らの行いを目の当たりにしながら「狂ってる」と吐き捨てるのですが、ジョエルの仇討ちのために、単身で数百人規模の組織をナイフで襲いまくるエリーも、正直狂っているわけです。

 

 

徹底した排他的な思想と、主観でしか物事を語れない側面は、行為の正しさ、誤りとは関係なく、エリーの精神的な未熟さを表しています。

 

アビーがなぜジョエルなのか?

アビー ジョエル ラスアス2

「アビーがジョエルと同じなんて、狂ったこといってんじゃないよ」という人もいるでしょう。

しかしながら、アビーが体験するシアトルの3日間は、おそらく意図的に前作のジョエルの物語を踏襲した形になっています。

 

  • 物語冒頭で、肉親を亡くす描写がある(ジョエルの娘)
  • ナイフは自作する(エリーは最初から所持)、ステルスは首絞めで倒す
  • 道中で生き残った兄弟・姉妹(前作は黒人兄弟)と遭遇して、一緒に生き残ろうともがく
  • 一緒に活動する子供は弓を武器として、この活動を通して、殺人を経験してしまう(前作のエリー)
  • 安住の地を求めるため、子どもと旅をする(前作におけるロードムービー)
  • 関係した仲間が次々と命を落としていく

 

同時にアビーのパートは、エリーの対になっており、夢や過去の記憶で仲間や家族との楽しい思い出をプレイヤーは垣間見ることになります。

この狙いは、前作のジョエルの行為について、「仕方ない」「これで間違っていなかった」と賛同するプレイヤーに対して

「ではあなたがジョエルと敵対していたら、その行為を許せるのか?」という作者がわの問いかけではないか?と感じました。

そのため、タイトルの「パート2」は続編であるとともに、前作の別の視点、可能性についても言及するものであると私は感じました。

 

なぜアビーは嫌われているのか?

 

しかしながら、アビーに対しては、かなりネガティブな反応が多くみられます。

理由としては

  • 感情移入できる見た目ではない(これはあえて製作者側が狙っている可能性が高い)
  • エリーの前で最愛のジョエルをゴルフバットで殴り殺すという見せしめのような復讐を行っている
  • 相手が妊娠しているとわかっているのに、昔からの想い人と肉体関係を持ってしまった

 

などが考えられます。私もアビーに関しては、感情移入はあまりできませんでした。

 

 

しかし、アビーは自分の命を救ったセラファイトの子供を助けることで、自分の過ちを取り戻そうとしている場面も見受けられます。

これはジョエルが、世界を犠牲にしてもエリーを助けることで、娘を救えなかった自分や、過去の行為についての懺悔、代償行為という流れに似たものがあります。

 

ラスアス2は、マルチエンディングを採用すべきだったのか?

ラスアス2 エンディング 決闘

もう1つ議論を呼んでいるのは、エンディングでエリーが復讐の輪を断ち切ったことです。

プレイヤーからすれば20時間以上もの長い旅、大量の殺しをしてしまったことを受けて、なぜアビーを逃したのか?

そして、アビーの命を奪う、奪わないという選択肢を取らせてもよかったのではないか?と議論が分かれています。

 

 

マルチエンディングというのは、小説や映画にはないゲームだけの特権といえるシステムです。プレイヤーが自分で物語をコントロールできるというのは、大きな醍醐味です。

一方で、いくらマルチエンディングを採用することで、製作者側が本当に伝えたいメッセージ、描写が伝わらないまま終わるパターンもあります。

 

初代ラスアスにしても、エリーを犠牲にした世界とエリーを救った世界の2つのマルチエンディングの採用はできたはずです。

ラスアス2がマルチエンディングを採用していれば、少なくともここまで炎上はなかったと思いますが、ストーリーの重さという点では、かなり変わっていたのではないでしょうか?

 

ラストオブアス2の炎上理由 ラスアスはストーリーが重要な作品であるという認識

今回のラスアス2に関して、ストーリーが1つの評価対象になりました。

思えば初代ラストオブアスが発表されたときは

「あのアンチャーテッドのノーティドッグがバイオハザードみたいなゲーム作るぞ!!」

 

 

というノリでした。シンプルな勧善懲悪もののアンチャーテッドや、過去にクラッシュバンディクーをつくっていたノーティドッグが、重厚で賛否両論分かれるストーリーを作るとは、だれも想像していなかったのです。

初代ラスアスのエンディングは、それだけ多くのゲーマーに衝撃を与えました。私もクリアして3日ぐらい放心状態で、「あのあとジョエルとエリーはどうなったか」を考えていました。

 

 

その呪縛がラスアス2にも引き継がれました。

ラストオブアス2は、グラフィックはもちろん、システムも向上しており、キャラクターの挙動や空気感も含め、PS4のトップクオリティを誇る作品です。

 

 

アンチャーテッド→発売時点で最高のグラフィック、アクション

ラストオブアス→極上のヒューマンドラマ

 

 

 

ラストオブアスはストーリー重視のゲームというレッテルが良くも悪くも貼られたことで、ラスアス2の評価は難しいものになりました。

また、ラスアス2は、バイオハザードのように次々とクリエイティブなクリーチャーがあらわれるわけでもなく、武器も他のサバイバルホラーで既視感のあるものばかりでした。それがかえってストーリーへの期待感を高めてしまったといえます。

 

私は、本作のストーリーはすべてに賛同できないまでも、素晴らしい心をわしづかみにされるような内容であることは変わりないです。

できれば、もっと作中のテキストを読み込めればと思いました。

The Last of Us Part II(ラストオブアス2) クリア後ネタバレ全開の感想 なぜストーリーは残念だったのか? part2とアビーの設定の真実について考える

YOUTUBEも投稿しました。ブログとは違うアプローチで語っており、ブログでまとめたあとに、さらに考察を練って書いています。よろしければ閲覧してください。

 

そして、次回作がでるのであれば・・・次回作が作られるかわかりませんが、間違いなく発売日に購入すると思います。