Hotline Miamiから10年後の世界と考察 ジャケットという主人公について 2はなぜ狂人しかいないのか? 暴力=娯楽を否定することはできない

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最新作の2が発売されてもう10年となるのだが、いまだに最新作の報道はない。

まぁこのHotline Miami(ホットラインマイアミ)という作品は2で完結しているからな

でも、この2025年でプレイしてもこの奇妙なインディーズゲームが放つメッセージ性は、陳腐化するどころか、よりドロドロのリアリティを増して、我々に突きつけてくる。

ホットラインマイアミという作品を振り返るとともに、この作品の本質についても考えていく。

 

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人を傷つけるのは好きか? ホットラインマイアミ1 ジャケットの精神異常性は癒されない

これはリチャードというシリーズを通してあらわれる、真相をすべて知っている鶏頭から主人公ジャケットへ問いかけられる言葉。

これは、ジャケットというフィクションのキャラクターと、ホットラインマイアミという残虐的な作品をあえて選択したプレイヤーに投げかけられる言葉になっている。

 

そして、ホットラインマイアミの1作目は、表向きは誰かの指示をうけて主人公のジャケットがロシアンマフィアに乗り込んで、マフィアを全員〇すという話だ。

その過程で、ロシアンマフィアに○○○されていた、女性を助けてプラトニック(精神的)な愛をはぐくもうとするが、それも女性が〇されたことで、打ち砕かれ、ジャケットはその復讐も誓う。

 

プレイすると、ヒロイックな話にすげ変わってしまうというのが、本作の特徴。

しかし、物語の真相は全く異なる。

ジャケットは元アメリカの軍人であり、ビアードという軍人仲間をロシアの核攻撃?空爆によって失ってしまう。

 

戦友を失った心の傷を埋めるために、ジャケットは「50の祝福」という極右集団のコミュニティはいるが、その50の祝福からの電話によって、ロシアンマフィアを襲うようにけしかけられている。

50の祝福の行動はすべて成功しているわけではなく、いわゆる白人弱者男性がロシアンマフィアを襲うが、ジャケットのように軍人のスキルも主人公補正もないため、残酷な返り討ちを受けるものも多い。

 

ホットラインマイアミは、極右的な思想がヤバいというイデオロギー的なお話ではなく、そういうことをロシアンマフィアを襲う口実にして大量○○を繰り返すジャケットはやっぱり異常であるという物語なのだ。

ある有料NOTEでトッド・フィリップスのジョーカーとホットラインマイアミのジャケットに類似性があることを指摘した記事があった。

 

ジャケットの問題点は、戦後のメンタルケアが不足していたことや、重度の統合失調症的なパラノイア(妄想)が異常であったことをケアできなかったことにある。

それが、ねじ曲がってロシアンマフィアを襲ったことで、一部からは英雄的な見方をされている。

普通のアメリカに移民しただけのロシア人を襲ったのであれば、批判されていたと思うが、ロシアンマフィアを襲ったことで、平和をもたらしたという英雄視されてしまったのだ。

このあたりは、ロバート・デ・ニーロ主演の「タクシードライバー」に近いアプローチだ。

 

ホットラインマイアミは、北野武映画のように激しい暴力を描きながらも、暴力の危険性や、罰というものも描いている。

ジャケットは女性を救うが、結局彼が始めた凶暴な犯行によって、女性を失うことになる。

ジャケットは明確に、何の罪もなかったホームレスを○○して、その場で吐いた。彼の中で責任能力や倫理観が決して0ではなかったという冒頭のシーンだ。

ジャケットは自分の暴力、凶器を内面ではなく、外部にもとめたことによって、暴力を重ね続け、いつしか人間性までも失ってしまった。

 

 

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ホットラインマイアミ2 全員が狂人 暴力によってすべてを失う物語

ジョーカーフォリアドゥのように、ジャケットは単なる精神異常者だ…という何の救いもないような終わりも見せるホットラインマイアミの続編、ホットラインマイアミ2

 

全員悪人ではなく、全員狂人といっていい作品だ。

ホットラインマイアミ2は群像劇になっており、複数のキャラクターを操る。

マニー・パルド

本作の刑事だが、一番イカれているキャラクター。マイアミの切り裂きジャックを捜査するが、実は彼自身が切り裂きジャックだったというオチ

ジャケット同様に全く事件性のないところに飛び込んで、全滅させたり、命乞いする暴漢を助けずにそのまま撃つ。

彼はジャケットのように注目を浴びたいという欲求があるが、その中身は、殺人快楽者にしか見えない。

 

ザ・ファンズ

5人の男女で結成されたジャケットのフォロワー。ジャケット同様に動物のマスクをかぶって、ロシアンマフィアの残党や、街のマフィアを狩っている。

それは暴走した正義というよりは、暴力を正当化させるために行っており、皮肉にも本当にジャケットのフォロワーになっている。

副題の「間違い電話」の通り、ロシアンマフィアの幹部ヘンチマンを処刑した後に、ヘンチマンに電話したボス、ザ・サンのメッセージからロシアンマフィアの本拠地を割り出し、急襲するが、ドラッグ漬けのザ・サンとマニー・パルドから返り討ちを受けて全滅する。

 

ヘンチマン

ロシアンマフィアの残党の中でも、ザ・サンから厚い信頼を寄せるスキンヘッドの男。

虫の知らせなのかマフィアを抜けることをサンに伝える。最後のしのぎで対立マフィアを蹴散らし、大量のドラッグと資金を手見上げにマフィアを抜け、サンからも「退職金」をもらう。

成果をガールフレンドに報告して、一緒に新しい人生を歩みだそうとするが、ガールフレンドはヘンチマンが睡眠した際に退職金をすべて持っていかれる。

失意のどん底のヘンチマンは手元に残ったドラッグを大量に使い、朦朧とする意識の中、ザ・ファンズにむごい処刑を受ける。

 

ザ・サン

1作目で、ジャケットが処刑したロシアンマフィアのボスの息子。

2代目であるが、すさまじい暴力性を秘めており、対立マフィアに対して、単身で乗り込むなど度胸も異常。

しかし、本当は突然亡くなった父をおもっており、頼りにしていたヘンチマンが抜けたことで、ドラッグにおぼれるようになる

最終的に、仲間も見分けがつかず、同士討ちしながら、ザ・ファンズを処刑して、屋上で虹の柱がみえてすすんだが、それは幻想で飛び降り○○となる。

 

そして、ホットラインマイアミ2はエンディングで、死んでいないキャラもほとんどが、核戦争に巻き込まれて死亡していく。

このラストシーンには2つのメッセージが込められている。

1つは、たけしの挑戦状のように

「こんなゲームにマジになっちゃってどうするの?」というメッセージだ。

ゲームというメディアが、単なる娯楽を超えて、一部の人々の行動や精神に影響するようになった。そんな警告を込めてのメッセージ。

2つ目は、小さな差別や暴力が連鎖して、いずれは大きな戦争の火種になるというメッセージ。

 

 

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ホットラインマイアミ総括 暴力と娯楽の強い結びつきは否定できない

ここまで読むと、ホットラインマイアミは、暴力的で残忍なゲームでありながら、反暴力をかかげるような「MOON」のようなゲームなのか?という疑問が残る。

しかし、ホットラインマイアミが、冒頭の「人を傷つけることが好きか?」という問いかけのように、あくまでゲーム内の行為だが、ジャケット同様にプレイヤーが相手を傷つけるのを楽しむような作りになっている。

 

あえて、1撃くらったらゲームオーバーという枷をつけることによって、目の前の敵を何が何でも〇さないといけないと思わせる設定。

ノリのよいトランス的な音楽、あえてチープな2Dにすることで、罪悪感を減らし、1発で即リトライできる快適な環境を作っている。

僕らは本能的に死にたくないと思っている。そして極力、暴力を回避しようとつとめている。

 

しかし世の中にあふれている、小説、ゲーム、ドラマ、映画などはどうか?暴力を娯楽として表現していないか?

暴力というものは、もっとも手軽にわかりやすく、娯楽として大衆にアピールすることができる。

 

私たちは人を傷つけることは好きではない。しかし誰かと誰かが傷つけあう様子を見ることや、フィクションとして楽しみたいという点では、傷つけることは好きなのかもしれない。

 

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