Amazonのセールで、北斗の拳が全巻2000円ぐらいで購入できたので、とりあえず買ってみて、休日にまとめて読んだ。
第1部 世紀末救世主伝説(ラオウ編) 1~16巻
最も有名な、世紀末救世主伝説、ラオウ戦までを描いた1巻。
現在も語り継がれるラオウとの死闘までが、鬼滅の刃最終巻よりも短いというのは驚き。
個人的に感じたことは、現代の漫画と違って、伏線らしい伏線を貼らず
「生き別れたトキとラオウって兄弟がいるらしいぞ」ってなったら、次の話にすぐ出てくるし
四天王、三将、五車星みたいなのが出ていたら、惜しむことなくドンドン投入される。
展開も早く、例えばラオウがトキの不治の病をさとり活かすが、その数話後に、部下のリュウガが今後の救世主を見極めるために、ケンシロウを激怒させるためにトキを〇す。
キャラクターを出す回転数や、アイデアの数が本当に多い。
北斗の拳といえば、原哲夫氏による美麗なキャラクターデザインだが、キャラクターデザインと、北斗神拳による破壊に注力するために、背景などを極力描かず、擬音も少なめにすることで、ここぞという破壊シーンを効果的に見せている。
あと北斗の拳という世界観がそれを許さないのだが、ギャグシーンや間延びした日常シーンもなく、バトルを延々と続けるみたいな描写で、緊張感が保たれている。
昭和のジャンプはまだまだ週刊連載で人気を獲得するための競争が激しく、いかに少ない話数で読者を驚かせて、楽しませるか?ってところにすごい集中しているところになっている。
娯楽に割り振っている面白さもあるが、一方で、考察したり語り合う余地があるかというとちょっと厳しかったりする。
しかし、頭を空っぽにしてすらすらと漫画を読めるというのはそれだけで楽しい。
週刊連載ならではのほころびもあって、例えばシンとラオウは後にいい人設定みたいな感じになっているが、彼らの初登場シーンを見ていると結構外道だ。
シンがKINGとして人を家畜として〇しまくっているし、ラオウも恐怖のタガによって悪党をまとめ上げているが、全部管理しきれているわけではなく、ラオウも容赦なく人を〇している。
まぁ北斗の拳での倫理観と現代の日本の倫理観を重ねても仕方ないが。
第2部 天帝編~修羅編 16~24巻
第2部で、北斗の拳2という形でアニメもされている。
人気はラオウ編に比べるとどうしても劣ってしまい、パチンコパチスロでも第2部を題材にしている場合もあるが、かなり少ない。
正直読み返しても天帝と北斗軍がなんで争っているのかもよくわからないし、元斗皇拳が北斗と南斗を滅する存在といっても、ファルコはずっとジャコウに従属させられていたし、すでに南斗六聖拳の使い手は全滅しているし…
なんで戦っているんだろうってところはずっとぬぐえなかった。
修羅編。修羅編は実はコンビニのデカ本でほぼ初めて読んだ北斗の拳といってもいい。
修羅編のコンセプトは良かったし、「名もなき修羅」が出たときはちゃんとインフレした強さだったが、カイゼル死亡以降は、修羅の強さを保つことができず、結局第1部の雑魚が少し強いぐらいの解釈で終わってしまった。
ほぼラオウ編の焼き直しといって内容だが、どうみても「ジュウケイ悪すぎだろ」で終わってしまう(笑)
来るべき混乱に備えるためにジュウケイは北斗琉拳をカイオウ、ヒョウ、ハン、あとおまけにシャチに教えるが、3人は道を誤り、そのうち2人はジュウケイと同じように魔闘気になって悪に堕ちるようになってしまった。
カイオウの歪んだ悪や感情というのは、ジュウケイが北斗宗家のヒョウに肩入れしすぎた影響というのもある。
それにカイオウが北斗宗家の人間だってケンシロウはちょっと拳をまじえて気づいたのに、ジュウケイや他の北斗関係者が気づかないのがあまりにも間抜けすぎる。
そうなると、カイオウ、ラオウ、トキ、サヤカも北斗宗家の人間ってことになって、結構北斗宗家だらけになる。父親は誰だったんだろう…
北斗琉拳も初期は、シャチが見せたように、北斗神拳みたいに経絡秘孔ならぬ、経絡破孔をついて、内側から破壊するのは同じなのだが、骨や臓器をボキボキに砕いて、しぼんだ風船みたいにしてしまう拳法だったが
カイオウが出現してからは、魔闘気を飛ばしまくったり、相手を無重力空間に追いやったり、南斗聖拳みたいに外部から破壊したりとコンセプトがよくわからん拳法になってしまった。
また「北斗宗家の拳がやばい」ってなっていたが、手を重ねてドリル状にして貫くばっかりで、どこがすごいんだ、どこが北斗琉拳の攻略なんだというところで不明なままだった。
バトルはそれなりに面白いけど、第1部ではあまり感じられなかったストーリー上の破綻など見られるようになった。
第3部 最終章 リュウ編 24巻~27巻
ラオウの忘れ形見、リュウという子供がいたことが発覚。DIOの母親みたいに誰が母親だよと突っ込みたくなるだろうし
あの時代のラオウだったら、女性を選び放題で、都道府県の数だけ子供がいてもおかしくなかったが、逆にストイックだから子供は1人でいいと思ったんだろう。複数いるとカイオウとトキみたいに争いを生みかねないし。
この先は、アニメ化もされていないし真・北斗の拳ぐらいしか描写されていないぐらいに実は知られていない。今なお漫画を読んだ人だけが知っている特権みたいなもので面白い。
ラオウの恐怖がなくなった第1部の舞台へ再び帰り、ケンシロウはリュウを引き取って、旅に出る。
リュウは父親譲りの胆力はあるけど拳法はない。だからケンシロウが教えるんだろうなと思ったら、マインドだけだった(笑)
最初の敵のコウケツは知略をはりめぐらし、家畜をふやして、えぐいことをやっていたが、草一本はえないところで家畜を労働させる意味も不明だったし、自分だけの食糧倉庫はコウケツの体重以外に反応して針がでるが、1キロで燃やせたり太ったりしたらアウトだし、ケンシロウがやったように荷物持ったら即アウトだし
さらにいえば、コウケツはケンシロウを誘おうとしたけど、すでにコウケツの前は罠にかかったネズミの死体と突き出た針があるから、小学生ですらひっかからない状態だった。
次にサヴァって国の跡取りに加わって、力が均衡で争っている3人をおさえて、本当の友情、兄弟として譲り合う大切さなどを教えるというある意味、人情漫画になっている。
次のブランカ編は、結構面白かった。
バランっていう、ラオウに付き従いそれだけで北斗剛掌派をまねることができた2代目アミバみたいなやつが出てくる。
ブランカは温厚な信仰心の強い国だったが、信仰心の強さ故、バランのコンプレックスに利用された。
バランは病弱な妹がおり、薬を奪って妹に届けたが、そんな薬は飲めないとして神に祈りましょうと言ってそのまま死んだ妹に対して、神を憎む。
そんなバランは信仰心の強い国で自分が神以上の存在になることを目指し、トキのように奇跡の力をみせることで、神を超えた存在としてあがめられた。
人を助けることもすれば、親衛隊には秘孔をついてドーピングさせることもあり、ケンシロウが粉々になるまで秘孔をつかないと死なないほど、多くのゾンビを誕生させた。
めっちゃ悪いことをしているかといわれたら、そうでもない(他の北斗の拳の悪党に比べて)
ケンシロウと出会うことで、己の行いを反省し、ブランカを元の王に返すが、ただ返すのではなく、自分がゆがめた規範をただすため
実際に貼り付けにして、部下に矢を射させて処刑させる。このような処刑もとめられないバランは神ではないと国民は手の平を返すことが目的だった。
最終章は、リンがカイオウに破孔を疲れ、目の開いた相手を好きになることでバットと結ばれるが納得いかないバットは、強引にリンとケンシロウを引き合わせる。ケンシロウも同時のタイミングでリンと一緒に記憶を失う。
その過程で、ケンシロウに視力を奪われたボルゲが、ケンシロウに復讐を誓うが、ケンシロウを守るためバットは胸に七つの傷をつけてボルゲに挑むが返り討ちにある。
最後は記憶を取り戻したケンシロウが、ボルゲを圧倒して、バットとリンが本当の意味で結ばれる。
まぁ何だろう…スペードにしてもジャギにしても、ボルゲにしても謎に大悪党に情けをかけて、被害を増やしてしまうから、ケンシロウってある意味死神なんだろうなって思ってしまう。
北斗の拳 個人的なベストバウド、名勝負を並べる
独断と偏見で、北斗の拳の面白かったバトルを並べてみる
ケンシロウVSアミバ
強敵相手でも結構あっさり目に勝利するケンシロウだったが、アミバはそれなりに苦戦している。
見よう見まねの北斗神拳にも関わらず、序盤手加減はしていたがケンシロウのラッシュをいなしたり、少なくともプロボクサーのジャブやストレートをかいくぐって秘孔をつくだけの能力はある。
南斗聖拳の外れをひいたかもしれないが、戦闘センスは抜群だった。
人相は変えられずとも昔のトキを思わせる風貌にはなれたし、背中に同じ傷をつける用意周到ぶりはすごい。
ケンシロウVSウイグル
ラオウやカイオウといった強敵以外で、おそらくケンシロウが最も苦戦したのがウイグル。
大量の鞭を使いこなす器用さと、最強レベルのタックルを併せ持っている。
序盤のフィジカルで言えば、デビルリバースに次ぐ強さかもしれない。
ケンシロウが数少ない失神を経験して、その後もふらふらとした足取りになってうまく戦えない状態。
そんな強力なタックルに対して、指6本で受け止めるというお株を奪う戦法で見事に倒す。
しかしウイグルも敵ながら、ケンシロウのめちゃくちゃ秘孔をつかれながら、「あいつをトキをあわせてはならん」というためだけに一時復活したのはさすがといわざるを得ない。
雲のジュウザVSラオウ
ラオウ復活のためにひたすらやられやくだった五車星の3番手としてでたジュウザ。
ジュウザがユリアの母違いの兄妹であり、根っからの自由人、遊び人だったが最後の将がユリアだったことを知り、命をかけてラオウを止めることを誓う。
超メインキャラでもないのに、あのラオウと2戦やった男としても記録的で、黒王号の背中を許したキャラでもある。
2戦目は油を塗って、秘孔をつかせないように工夫するが、それでも必殺技の威力を弱めるために、肩の秘孔を先手で打ったラオウのクレバーな戦法によってやられる。
完璧なコンディションのジュウザの必殺技でも両手を地面につかなかったから、弱っていたとはいえ、両手に地面をつかせたトキがいかに強かったかわかる。
ラストも壮絶で、口を割ってしまう秘孔にあらがって、ラオウに歯向かって死んでいき、「見事だジュウザ」とラオウに言わしめた。
ファルコVS名もなき修羅
天帝編では、ジャコウとの駆け引きでおそらくすべてを出し切っていなかっただろうファルコがセッカコウをついてもらって、全力を出して修羅を倒した戦い。
肉体が万全であれば、ケンシロウ、ラオウレベルに強いファルコを瀕死にさせる名もなき修羅の強さ。名もなき修羅といわれているが、たぶんシャチレベルには強い。
ファルコがケンシロウとの戦いで重傷を負い、片足義足というハンデでないと釣り合わないバトルとはいえ、お互い奥義、必殺技の応酬で、レイVSユダ以来のフィールドを変化させて戦うなども見られて、見ごたえがあった。
最後は黄金のファルコの名に恥じないすさまじい奥義によって、修羅を一刀両断した。
この「名もなき修羅」、風貌とカリスマ性もあるから、結構ファンの間では人気がある。
北斗の拳の謎 ラオウ伝説をなぜカイオウは作ったのか?
修羅の国は、カイオウが作ったシステムで、とりあえず幼少期から男たちをバトルロワイアルさせて強い奴が富と女を手にするというわかりやすい国を作った。
ラオウも似たような思想を持っているが、カイオウは強い修羅であればある程度自由に権限の振りかざせるのに対して、ラオウは圧倒的にラオウが支配的な立場を取って、ラオウの支持によって支配地域を担当する悪党に指示を伝達させる。
ラオウの場合は独裁制に近いが、カイオウの場合はさらに無秩序になる。トップがカイオウである必要性がない。
たぶんそれが、ラオウが「兄者のやりかたでは天は握れぬ」と評価したポイントじゃないだろうか。
『北斗の拳』修羅の国に広まる「ラオウ伝説」とはなんだったのか 実は壮大な作り話!
そして、ラオウ伝説。これは結構謎で、修羅の国をつくりあげたカイオウが、上の引用サイトによると血の通ったラオウを憎悪するために作り出したシステムで
混沌とした修羅の国をいずれラオウがおとずれ、3人の将を倒して平定させるみたいな作り話を流布させた。
真実として、ラオウはケンシロウとトキを倒した後に修羅の国に向かってカイオウを倒すことを誓ったが、ハン、ヒョウを倒して平定することまでは考えていないし、読者はお判りの通り、ラオウがそのようなキャラではないことは知れ渡っている。
おそらくラオウとカイオウが戦って、カイオウがラオウを倒したとしても、ラオウがトキに向けた感情のように涙を流していたと思う。
カイオウが常に兜で顔を隠していたのも、自分がラオウとうり二つの顔だから、その顔で修羅の国を統治したら、ラオウ伝説が成立しにくいと感じたからだと思う。
では、なぜラオウ伝説を作ったかというと
「修羅の国をコントロールしやすくするため」という思惑があったと思う。
人をコントロールするのは、絶望と希望だ。圧倒的な力を見せつけるか、「こうしたらこうしてやる」と希望をちらつかせることで、ラオウ伝説は後者にあたるコントロールを行った。
逆に希望を与えることで、反抗心をたぎらせるリスクもあるけど。
また、ラオウ伝説を広げることによって、修羅の国で第1の将という自分が国民にとって、恐怖の対象であるというストーリーを定着させやすかったと思う。その点ではラオウと同じように恐怖での統治の方向性は一緒だったと思う。
