天気の子 ネタバレレビュー 間違った行動、誤った言動の先にある自分が信じる結末へ

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WARNING

この記事は、天気の子に関する容赦のないネタバレを含みます。ネタバレを好まないかたは、ブラウザバックしてください

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも、ようやく「天気の子」の本レビューになります。

皆さんいかがでしたでしょうか?感動はできましたか?

ちなみにこの後半では筆者の妄想が爆発、炸裂しております。気持ち悪くなったら、責任は負いませんので(笑)

天気の子は、陽菜が晴れ女として、関東で続く雨の局所を一瞬だけ晴れにできるという能力で、帆高とともに、晴れにするバイトをします。

空とつながっている陽菜は、能力を使うたびに自分の存在が空虚になっていって、やがて東京の異常気象をともなう大豪雨を迎え、自分を犠牲にして晴れにしました。

帆高は、陽菜が犠牲になってまで晴れにしたのに、みんなそれをわかっていないことに憤慨するとともに、もう一度愛する陽菜に会いたくなり、警察の静止をふりきって、陽菜と同じ鳥居をくぐって、自ら閉じこもっていた陽菜を救出。

結果、東京の豪雨が3年以上続き、一部の地域が水没。家出+銃器所持の帆高は、保護観察がつきましたが、3年後また東京に戻り、陽菜と再会を喜び抱き合う・・・

「晴れ女」って聞こえはいいですけど、見方を変えれば、陽菜は命を犠牲にしないと、雨を宿命づけられているという呪いとハンディキャップがあるわけです。

そして、それを飲み込んだうえで彼女と一緒になりたいという帆高の気持ち。

かなりファンタジーな話ですが、結婚する相手が、重い持病をわずらっているとか、多額の借金を抱えているとか、取り巻きに囲まれているとか・・・でさらには、背後にはいろんな家族・親族との付き合いがあるとか。

彼女いない歴=年齢が思うに、恋愛とか結婚への情熱、覚悟ってそれぐらいなものじゃないのか~って思わされる展開ですね。

「君の名は」より進んでいる点として、少年の決断が東京のこれからに直結したという点ですね。

いわゆる「セカイ系」

主人公とヒロインの関係性が、世界や社会の命運に直結するというお話。

年齢ももう少し20代に近づけても良かったと思いますが、思春期の少年少女のエネルギーを新海誠は信じているのかな?とも思いましたね。

似た作品としては、「君の名は」というより、「崖の上のポニョ」を思い出しましたね。あれも姿の違う異性に対して、ものすごい水害を受けても一緒になるという決意表明をする・・・天気の子に比べたらあまり壮大でもないですけど、プロセスは似てるな~と思いました。

どちらの作品も水害に対してのリアリティがないんですよね。3年も水にさらされたら、汚水がたまって下の水は異常に汚く濁っているはずです。いくらネットワークの時代だからといってビルの屋上で、仕事って難しいんじゃないかな…

あと、引っ越しできないまま、死んでいった人たちも多いかもしれませんね。

災害に対しての悲壮感がオミットされて、ひたすら主人公とヒロインの関係性に注視されている点も一緒でした。

前半のレビューで語ったように、この作品は主人公とヒロインの友情や愛情が深まるほどに「俺の話じゃないな・・・」って置いてきぼりを食らっていくところがあるんですよね。

別に作品がつまらないってわけじゃないのですが、作品に入れ込むことができない。

ただ、この方向性は新海誠監督も悩まれたと思います。

主人公がヒロインを追い求めるが、ヒロインは犠牲になることを選び、主人公は抗いながらも、それに従った。

これで、主人公とヒロインのこれまでを編集して、「愛にできることはまだあるかい」を流せば・・・間違いなく泣いていましたね。どんだけ自己犠牲映画が好きなのか・・・俺。

これによって、帆高は、人の出会いが有限であることをより自覚するし、自分のために家出し、生きた考えから、誰かの為に身を捨て努力することを覚えるという成長を端的に表現することはできます。

しかし、物語の構造とか世間体ではなく、人物にとってベストなベターな行先はどこか?それを考えたのが本作の特徴ですよね。

「君の名は」と「天気の子」の共通点として、女性の神秘的な体験、プライベートスペースに男性が立ち寄るってとこですかね。

君の名はなら、口噛み酒などが思い浮かびますし、天気の子は、水でできた魚に囲まれながら、空の世界に眠る陽菜に帆高が向かいます。

この女性のパーソナルな空間とか、プライベートスペースに立ち寄るって行程は、精神的な性の交流にも見えます。

「つながった」「一緒に慣れた」

帆高が陽菜の世界、プライベートスペースに割って入って、無理やり手をつないで取り戻すという行程に、救出ではなく、つながったというエロスを感じることができると、この映画への没入感はかなり増すのではないかな~と思ったり。

 

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帆高と拳銃 正しさとはなにか・・・

天気の子を象徴するアイテムとして、帆高がゴミ箱からひろって、最後まで手にした拳銃ですね。

拳銃というのは、暴力の象徴であり、誤解を恐れずにいえば、「男根」を彷彿とさせる形状になっています。

拳銃を持つことで、16歳の孤立して、非力な若者が大人との対等な交渉力を結果的に得ています。

そして、アメリカは銃社会ですが、日本にあてはめると、拳銃を所持している=異常です。

青空や、人々を捨てて、陽菜だけを選ぶという帆高のいわゆる「異常」「孤立」というパーソナリティを象徴するアイテムとして、拳銃が存在しています。

この映画は、極端な方法ではありますが、個々の場面において登場人物は全く正しくない、道徳的でない行動をとっていて、結果として一人の少女の命をつなぎとめたというのが残っています。

帆高の突撃に対して、すべてにおいて賛同しているわけではないんですよね。

陽菜は帆高の発砲を咎めてましたから。

だから、帆高は「見習うべきキャラクター」ではなく「反面教師としてのキャラクター」って役割を担わせているんですよね。

結局、帆高は保護観察だけで終わりますし、周りの救った大人も新しい仕事についている。

肯定的な言い方をすれば、「リスクばかりを考えて行動するな」、否定的な考えをすれば「この映画は能天気すぎる」

岡田斗司夫いわく、アニメはすべてのシーンやセリフを監督がコントロールできるから、無駄なシーンは一つも存在しないと。

天気の子も実写ではコントロール不能な天候を操っているわけです。

短期的に見て、間違い、正しくないことの先にあるものを考える・・・そういう想像力を養うことが、これからの時代を生きる一つのヒントになるやもしれません。

(天気の子が面白いと思った人は、かなりリンクしている作品です。これをお勧めします)