2018年ベスト長編アニメ映画 さよならの朝に約束の花をかざろう ネタバレあり 感想・レビュー  

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2018年ベストアニメ映画は「さよならの朝に約束の花をかざろう」だった

そう断言したのは、僕をコミケに連れてってくれた、アニメ好きの高校時代からの友人でした。

彼には、恩があり、作品を観る目は確かなものを持っているので、信じて、アマゾンでレンタルしてみました。

監督・脚本家は岡田磨里。「鉄血のオルフェンズ」をよく見ていました。もともとアニメ監督が脚本も書いて長編アニメ映画、はよくあります。しかし、脚本家が監督になって長編アニメ映画は、なかなかレアケースといえるでしょう。

(オルフェンズは、孤独から人間関係の修復ではなく、自分たちの居場所を作っていこうという作品です・・・火星の自治を取りに行くのではなく、火星の自衛に最後入っていれば、別の結末を迎えていたでしょうね)

キャラクターデザインは、スクウェアで数々の名作(特に松野作品)で手腕を振るった吉田明彦氏。

タクティクスオウガ
ベイグラントストーリー
FFⅫ
ブレイブリーデフォルト
ニーアオートマタ

(テーマはやや違いますが、二ーアオートマタも愛憎劇であり、自分という存在意義と向き合う作品になっています)

名作のキャラデザに吉田明彦ありといっても過言ではないゲームキャラデザ界の功労者です。

さて、本作のあらすじをアマゾンの説明欄を丸ごと引用

ヒビオルと呼ばれる布に日々の出来事を織り込みながら静かに暮らすイオルフの民。10代半ばで外見の成長が止まり数百年の寿命を持つ彼らは、“別れの一族”と呼ばれていた。両親のいないイオルフの少女マキアは仲間に囲まれた穏やかな日々を過ごしながらも、どこかで“ひとりぼっち”を感じていた。そんな彼らの日々は、一瞬で崩れ去る。イオルフの長寿の血を求め、レナトと呼ばれる古の獣に跨りメザーテ軍が攻め込む。絶望と混乱の中、イオルフ一番の美女レイリアはメザーテに連れさられ、マキアが密かに想いを寄せる少年クリムは行方不明に。マキアは渦中の中逃げ出し、虚ろな心で暗い森をさまよい歩く。そこでマキアは親を亡くしたばかりの“ひとりぼっち”の赤ん坊に出会う。少年へと成長していくエリアル。時が経っても少女のままのマキア。同じ季節に、異なる時の流れ。変化する時代の中で、色合いを変えていく二人の絆

今回は

「本作で語られる母性とはどういうものか?」

「愛と孤独の関係性」

これに焦点を絞って感想を語りたいと思います。

 

※この感想はネタバレを含みます

なぜ、この作品の母性に感動するのか?

ファンタジーな絵柄と世界観ですが、お話は現代でも通じる現代劇といった感想を持ちました。

母と子供の物語っていってしまえば、純粋なんですが、様々な母性の在り方をみせつけられるんですよね。(これは友人からの受け売りだったり・・・)

最初からイオルフは人間よりもはるかに長命で、マキアがエリアルを育てることを決意してから、エリアルの方が彼女より先だってしまうという運命は決まっています。

母と子供という関係は変わりませんが、エリアルの見た目が変わってもマキアがあどけない少女の姿のため

親という存在は

  • 厳格な師弟関係
  • 優しい知人
  • 頼れるべき兄弟
  • 異性として認識する存在

という子どもにとって多岐にわたる関係であることが、より克明にわかります。

僕はそう言えるのですが、「親と良い関係を築けた」と思っている人ほど、親が担った役割は非常に多く、この作品でマキアとエリアルの関係の豊かさに築いた人は、そう思える仕組みになっているのが、素晴らしいなと感じました。

厳格な師弟関係だけだったら、親子関係を維持することってなかなか難しいと思うんですよね。

そのため、ラストのマキアとエリアルの別れで挿入される走馬灯のシーンは
マキアから見れば、エリアルが立派に成長した人生録として感動できて
エリアルから見れば、自分を孤独な人間だと感じさせないように、あらゆる場面であらゆる人間を演じたマキアの努力への感謝として感動できるわけです。

どちらにせよ感動不可避・・・・(笑)

今書いて思ったんですが、親が子供にしている愛情の本質って

「あなたは、この世の中で独りではない」ってことなんでしょうか・・・

孤独だったマキア

一般的に、お金のない人を助けられるのはお金のある人。
精神的に病んでいる人を助けられるのは、精神が安定している人。
といわれています。(あくまで一般論)

でも、孤独な人を助けることができることは、孤独な人ではないでしょうか?

僕の異性の友人の人がその傾向何ですけど、家族を欲する人っていうのは、自分の親子関係でトラブルがあったり、傷を抱えている人が多い傾向にあります。

もちろん、親に恩があって「俺も立派な家族を作ることが親孝行だ」と思う人はいるわけですが、その人たちよりも「家族」にこだわるエネルギーが強いんですよね。

マキアは両親がいません。そのため家族を欲する気持ちが人一倍強いです。

前述の裏返しになりますが、シングルマザー・ファザーというのは育児と仕事で社会との接点がひどく薄い特性があります。かなり孤独な状態といえます。

その片親を唯一「あなたは孤独ではない」と証明してくれるのも、また子どもという存在なのでしょう。

家族っていうのは、言い換えると

孤独を共有している共同体

と言えます。矛盾していますが、互いの孤独を知っているからこそ、互いを愛おしい存在を想える。それが本作の一番のメインテーマではないでしょうか?

 

愛すれば本当の独りになってしまう

冒頭のイオルフの長老が、マキアに語り掛けた意味深なセリフ。

外の世界の人と愛したら本当の独りになってしまう・・・・

他の考察で、長老は一度外界で愛する人を見つけ、子どもを作り、それがマキアと外界でたびたび出会う謎の人間とイオルフのハーフである「バロウ」と言われてます。

このセリフはセリフのまま2つの意味を込めています

外界の人間を愛するのは禁忌でイオルフからはみ出し者になって孤独になる

関係を持った相手よりほぼ確実に長生きするので、その人たちの死に触れて孤独になる

そしてその裏には

誰かを愛すると決めたら、誰かから愛される、誰かをまた愛することが難しくなる孤独

これが込められています。

マキアの幼馴染のレイリアはメザーテに無理やり拉致されて、子どもを作らされるのですが、母親として生涯をかけて子供を愛するようになります。

しかし、国王の方針で子供と会えず、子供と一緒に国へ残ることを決意したため、クリムの救出も受けられないことになります。

クリムはクリムで最終的に、イオルフへの愛、復讐心にかられてしまい、誰の提案も拒絶するような精神状況に追い込まれています。

マキアもエイリアを母として愛することを誓ったため、女性としての恋愛という選択を除外した人生を歩んでいます。

 

 

関連映画

今は亡き、今敏の長編アニメ映画。「さよならの朝に」同様、疑似家族の絆と関係性を描いた作品です。

こちらも故・高畑勲の家族をテーマにした映画。都会の女性が田舎へ帰郷する中、自分と父親との想い出を回想していくという話。