働くおっぱい 感想・レビュー(後半) 紗倉まなの労働観

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では、働くおっぱいの後半に移りましょう。

自分が普段使っているノートとは別に、誰かに見せるためのノートを開き、授業の要点と試験の傾向・対策、それの類似問題を勝手に作って、勝手に解答式を書き、そして先生が使っていた資料から得た知識をそなえるようにして書いていく行為は、セックスと同じくらいに気持ちのいい行為でもあった。

私がすることの中で最もセクシーなこと

話それますけど、ゆたぽん問題で、学校の勉強が必要かどうかって議論されていますけど、結局は「選択肢」が広がるんですよね。

まなてぃーはしっかりノートに書き写す過程で、文章能力を養ってきたし、水樹奈々は、日の目を浴びなかった学生時代は、しっかり勉強に打ち込んだから、高い作詞能力を身に着けたわけです。

 

この文章が、女優まなてぃーの原点を抱かせますね。しっかり準備して作り上げた最高の自分を評価してほしい!!そういう自信に満ち溢れているオーラさえ漂っています。

ちなみに僕は、一応真面目にノートをとっていましたが

「お前のノート何かいているかわかんないよ」

あまりの字の汚さに突き返されたことがあります…左手がもたんのですよ。

 

現実にしてはいけない性的なことを、露骨に反映して作品化できるのはAVというジャンルの主たる強みであるには違いないけれど、女性側はそんな作品群を見せつけられたらただただ嫌悪感鹿抱けないだろうし、そこに絶望感も加わるしで、純粋に恐怖よね。

それに反してAVというのは、それを観て「興奮する」「抜く」という性的娯楽が第一に求められているのだから、大前提として、人の心のみならず身体への「何かしらの反映」のために造られている。

7年間AV女優をやっていて、最もヒットした作品

これは、不倫モノがジャンルのトップや自分の作品のお気に入りで圧倒的に多いことを受けた発言。

現在はジャンルとして確立されていますが、「不倫旅行」を題材としたものは、人気ありますよね。

芸能報道でも、不倫が一番消費されているジャンルですよね。

「人の不幸は蜜の味」ってことかもしれないですけど、その一方で、「俺も美女と不倫してみたいな」という下衆な下心が投影されているのでしょう。

ちなみにあっしは、不倫の前に結婚すら危ういですけどね・・・いや、そのまえの恋愛すら・・・

先ほどとは真逆で、AV女優の恋愛には審査がはいるけど、彼女たちがでる作品は不倫がいいという、なんとも身勝手というか欲望に忠実な人の心が反映されている気がしますね。

 

裸が正装という基本概念があるから、いろんな諸事情で「包み隠す」ということがそれはもう苦手で、だからこそそこまで潔く書くことができたのは新鮮な行為というか、真意というか・・・。

「働くおっぱい」には「女性が働くことについて」という大きな主軸があって、「働き方の一つの提示」になればいいなという思いがあった。(中略)私はやっぱり心のどこかで、「普通に働いている」という感覚がどこかにあるのだ。(中略)「働いている」という自覚は、下等とか高等とか、認知とか信用などの質や業種に関係なく、常に自分で「発生させなければならない」ものであると思っている。

あとがきより

数年前にネットで、元セクシー女優が、結婚と妊娠を報告したら「子供がかわいそう」という類のコメントが来て、「元セクシー女優が幸せになったらいけないの?」って反論していたことを思い出しました。

そしてセクシー女優は、女優とついているからタレントとして評価される一方で、裸を見せて男性を興奮させるのだから、性風俗のカテゴライズであるという意見も思い出しました。

 

社会に出ると、年収、希少性、肩書など無意識のうちに僕たちは、他人と自分を比較して、少しでも上回っていると思ったら、優越感に浸るという癖がついています。

僕はツイッターに年齢と年収をのせていますが、それをみて優越感に浸っている人もいるかもしれないですね(笑)

職業の貴賤やイメージでどうしてもぬぐえないものです。

僕が「郵便局で働いているよ」と言ったら即座に「ちゃんとした仕事についているんだね」と年収と、具体的な職種もいわずにかえったときは少し寒気がしました。

社会に出たら、周りからいわれのない評価にさらされることもありますが、まなてぃーのように結局は、「自分がその仕事に誇りをもてるか」というのが大切だと思います。

本書一冊を通して、20代後半の女性の労働観というのが、一本の筋として通っているな~と感じました。当然、セクシー女優というやや特殊な仕事についているからだと思いますが、するどい客観性は見習いたいものがあります。