ジョジョ 第5部 黄金の風の文庫本あとがきに感動する ゼロから人は正義や倫理観をどのように身につけるかというテーマ

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ジョジョの奇妙な冒険、第5部の「黄金の風」が10月より、テレビアニメ放映されましたね。

TVアニメ「ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風」キャラクターPV:ジョルノ・ジョバァーナ

いやぁ1部や2部の時は、当時の荒木飛呂彦先生の劇画をあまり再現できていなくて、漫画のコマ割りの勢いをそのままアニメ化したって印象でしたが、3部になってから、難しい劇画をしっかり再現しながら、激しい動画やアイキャッチ後に色合いを変えるなど工夫がみられて、すごいなぁと感心しました。

触発されて、文庫で持っていた「黄金の風」を読み直しました

が、荒木氏による文庫の30巻、39巻のあとがきが素晴らしいので、取り上げたいと思います。

5部のネタバレは含まないように配慮しますが、どうしても伝わってしまう部分もあるかもしれませんので、気になる方はブラウザバックをお願いします。

「第5部の「黄金の風」になって、ぼくは以前の「ジョジョ」よりも、もっと人間の深い悲しみだとか、この世に生まれてくる事の悲しさだとかいったものをテーマに描きたくなって来ました。

人間は生まれる環境によって最初から幸せな人もいるし、もし最悪な状況の場所に生まれてきたらそういう人は、いったいどうすればいいのだろう?

第5部「黄金の風」の登場人物たちはみな、理由があって社会から外にはじきだされ、そこでしか生きて行けない状況におかれてしまっています。しかし、そこは完全に弱肉強食の世界で、「悪」によって包囲されていたとしたら、その場所で「正義」を貫けるのだろうか?

そういうテーマで「善」と「悪」の対決を描こうとすると、リアリティのある「悪」の表現に対し、あの少年漫画の「自主規制」の「権力」っていうか、「暴力」っていうのが、突然作品を攻撃して来ます

(中略)

「ジョルノ」と「ブチャラティ」という主人公たちが、自分たちが所属していた「組織」を「正義の心」のために裏切る所である

「組織」は「権力」と「恩義」の象徴で、自分たちを育ててくれた「故郷」。しかし主人公たちは「正義」の下で生きるために、そこに闘いをいどむ事を決意します。そのシーンには作者であるぼくが、描いていながら、ぼく自身がとても勇気づけられました。主人公たちの気持ちを考えると、今でも涙が出ます」

文庫版30巻の巻末「はじめに」からの引用

あまりにも素晴らしいあとがきだったため、原文をすべて引用したい気持ちにかられましたが、気になる方は文庫版を購入してください。ジョジョはどの部から読んでも楽しめますし、単体でも面白いですが、特に5部は前後のつながりが少ないので、導入として読みやすいと思います。

ジョジョの一貫したテーマが「人間賛歌」と言われています。4部まではジョナサン・ジョースターから東方仗助まで、ジョースター家がどのような血統を持っていたか、誇りをもっていたか、因縁を断ち切るかという壮大な大河ドラマの一面を持っていました。(4部は少し独立していますが)

しかし、5部ではジョナサンがジョースター家であるという認知が全くありません。そもそもジョナサン・ジョースターの身体から生まれ、痣を引き継いでいますが、彼を生んだのはディオと捕食者として選ばれなかった、匿名の美しい日本人女性という情報だけです。

ネグレクトやシングルマザーという社会問題も、意図していなかったにせよ先見的に取り上げていたということですね。

ジョルノには、承太郎という物語の語り部、導き手がおらず、「不遇な家庭環境やいじめをギャングの男に助けられた」という経験から、ギャングスターになることを夢見ます。

彼らの正義は、学校から教わったもの、集団生活で矯正されたものとは異なります。

学校や家庭環境が優れているからといって、道徳と倫理観を備えられるというのは、一種の幻想です。ではなぜ、人は他人の悲しみを理解し、そうなる事態を回避する配慮ができるのか?そのヒントが「黄金の風」に隠されているのかもしれません。

ジョジョは、幼いころに再婚相手の義父に虐待を受けたことで、いわれのない暴力に対して過剰に反応しますし、ブチャラティは、麻薬をきっかけに不遇の人生を送り、その麻薬を統括しているボスに忠誠を誓いながらも疑念を抱きます。

善悪だったり、倫理観というのは周りの関係性や、自分の人生で起こった事象によって、どのように感じたか。理性ではなく、感情に響くところが大きいのではないでしょうか?

事実、黄金の風のキャラクターたちが、自らの感情によって行動を起こしているから、彼らの言動は陳腐に感じられず、心に響くのだと思われます。

彼のスタンドである「ゴールドエクスペリエンス」が物体から新しい生命を生み出すという能力も、ゼロ、いやマイナスの状況からどのように正義を紡ぎ出すかという物語のテーマとリンクした能力と言えます。

描写も編集者から規制をいわれて、自主規制した部分もあるようですが、現在のジャンプに比べてもかなり攻めているというか、青年誌レベルの描写のオンパレードです。ギャングなので、罰を犯した際の粛清の仕方もえげつないですし、切断されて死ぬ敵がとにかく多いです。

そして、主人公サイドのジョルノやブチャラティのメンバーたちも、他の部に比べてとにかく血だらけになって、這いつくばりながら、仲間の活躍を信じて戦います。

現在のバトル漫画や、他のジョジョの部に比べて主人公のジョルノが活躍する場面は、意外と少なく、ミスタが頑張るシーンやブチャラティが一人で奮闘するバトルが目立ちます。

ジョルノの能力も仗助と異なり、傷を完全に癒すのではなく、欠損を修復するものです。そこに痛みが伴います。覚悟が伴います。

荒木氏も不遇な環境からスタートしたキャラクターが、簡単に運命を変えられるように感じさせない配慮をされていました。

とりわけ残虐なシーンや、痛みを伴う場面が多く、失った、離反した仲間も多い「黄金の風」ですが、その痛みと覚悟が、アラサーになってから読むとまた、心にしみわたる応援歌にも感じます。

このテレビアニメを5部を知る人は、荒木飛呂彦先生がこのような気持ちやテーマを抱いて書いていたことを、意識して見られるとより楽しめると思います。

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