先日、大麻を所持して、近所の交番に自首して、ニュースになったyoutuberの近藤佑星(こんどうゆうせい)氏。以前、ゆうせい荘というカリスマユーチューバーとして、自由な思想や、感性を多くの人々に支持され、影響を与えた近藤佑星氏。
過去に、彼に関してブログで取り上げ、以外にもアクセスをいただいたため、近藤佑星氏の小説であるMy Name Is…(まいねーむいず)を読んでみた書評をブログにまとめます。
余談ですが、私は過去に小説を書いて、賞に応募したことがある程度には、小説家を考えたことがあります。ただし同世代の朝井リョウという凄まじい存在の前にあきらめてしまいました。
このブログでは、映画やゲームの作品票を、登録販売者でドラッグストア店員の筆者があげています。youtubeもやっています。よろしければチャンネル登録お願いします。
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アマゾンkindleで購入できる近藤佑星氏の小説について
近藤佑星さんは、youtubeで告知され、アマゾンkindleで自分の小説を何冊か販売しています。
値段は99円~1000円です。かなり低価格が多いのですが、それもそのはず。ページ数は5ページ程度で終わっているものも多くあります。
彼が、販売する小説の中でも、短編として構成がしっかりしているのが、My Name Is…(まいねーむいず)になります。
果たして、小説の内容はいかに?近藤氏は、ネットで支持されているとおり、天才なのか、同世代の救いになっているのか?それとも、youtuberとしての活動が彼の心境に大きな変化をもたらしているのか?
My Name Is…(まいねーむいず) あらすじ
まいねーむいずは、一匹の迷路をさまようねずみが主人公です。猫や仲間のねずみの存在もちらつきますが、最終的に一匹のねずみだけで、物語は完結します。
迷路は壁で覆われ、すべて鏡になっています。全面が鏡張りで、無数の自分を映され、その影響で、何度も壁に頭をぶつけています。
迷路の先には、図書館があって、1日のうち12時間は昼まで明るく、12時間は夜で暗いため、明るい図書館にいないといけないらしいです。
ねずみは、迷路を歩いた日数をカウントしており、実に1915日。迷路に迷い込んだ理由も覚えておらず、最初は図書館に引きこもっていたけど、引きこもりをやめて、迷路を歩いて1915日経過しています。
ねずみは、図書館で迷路以外の存在、人間だったり、猫の存在を知ります。また図書館は複数種類があって、それぞれの図書館に特色があり、布団もあって、食事も出されています。なぜ食事があるのかも不明です。
図書館には出口が用意されており、3つの時もあれば、1つだけの時もあり、ねずみはいつも選択して、迷路に戻ります。
ねずみは心配します。果たしてゴールと呼べるものはあるのか?他の仲間(ねずみ)にあえるのか?そもそも誰かの罠で、ゴールに猫が待ち構えていやしないのか?
迷路を歩くとたまに壁の向こうから、仲間と思しき、ねずみの鳴き声が聞こえます。
ねずみは孤独を感じながらも、仲間と出会える期待、仲間と苦労を共有したり、図書館を紹介しあったりできることに希望を抱き、ゴールよりも仲間のねずみに会えることを楽しみにしています。
迷路をさまよううちに、鏡に映っている自分は本当に自分なのか?ネズミなのか?猫はいるのか?そして曲がり角を曲がると「キキッ」という声がどこかから聞こえて・・・
My Name Is…(まいねーむいず) 考察 メタファーについて考える
この短編は、迷路に迷ったネズミが、何を目的で迷路をさまよっているのか?自分を脅かす脅威はあるのか?仲間はいるのか?ということに悩みながらも、迷路をさまよい続けるという物語です。
完全にゆうせい荘をみて、近藤佑星氏に触れた人向けのマニアックな内容といえばそれまでかもしれません。
ここからは、筆者の妄想と憶測によるものです。
主人公のネズミを近藤氏と見立てると・・・
主人公であるネズミ=僕は、そのまま近藤氏そのものです。
迷路が外界、未知の世界で、図書館は家や拠点です。
近藤氏は、アメリカ、オランダ、タイと借金をしつつ、世界をまわりながらライブ配信をして、自由気ままに生活していたり、自分の哲学を動画にするという行為をしていました。
図書館によって環境や食事が異なるのは、海外旅行でいきつく宿や宿泊地の環境が異なることを暗示しています。
なぜ迷路の壁は鏡になっているのか?
迷路が鏡張りになっているのは、自由に冒険やチャレンジをしているように見えて、自分本位で生きていると思いつつも、youtubeで全国に公開していることによって、常に誰かから見られている。誰かかから期待されているゆうせい荘を演じなければならない、という近藤氏の強迫観念を示しているといえます。
この迷路や図書館の主は作中で、ネズミが想像したように天敵のネコかもしれませんし、人かもしれません。
この作品が書かれたタイミングが、ゆうせい荘としての活動を終えた後だとしたら、自分の過去の活動を監視されているかもしれないという恐怖として、最終的に待ち受けているのはネコの可能性が高いです。
ネコは近藤氏の活動の是非を決めるyoutubeだったり、近藤氏を逮捕できるかもしれない警察などの国家権力の暗示に感じられました。
一方で、ゆうせい荘の視聴者が、「自由に発信する」「縛られない考え方をする」というゆうせい荘という役割を近藤佑星氏という人間に期待している、もっと言えば押し付けている構造が、このまいねーむいずの世界といえます。
ねずみの仲間に関しては、「キキっ」という鳴き声が、ねずみであるという証拠にはならず、主人公のねずみが、「こういう仲間がいてほしい」「こういう共感してくれる相手が欲しい」という架空の友人だったり、理想の親友像が、ねずみの仲間であって、求めても決して会えないようにも感じられます。
実際、主人公のねずみは、誰にも遭遇せず、終始迷路と格闘して物語は終わるのです。
My Name Is…(まいねーむいず)から読み解く近藤氏の自首について
近藤佑星氏が自首した理由については、本人のみぞ知るというところですが、私がまいねーむいずを読んで、考えた結論としては
ゆうせい荘を演じることに疲れた
だからこそ、ゆうせい荘が皆から抱かれていた象徴的な大麻をもって、ゆうせい荘の役割を終えた・・・という考えができると思います。
My Name Is…(まいねーむいず) 作品評
評価になりますが、これは良くも悪くもゆうせい荘としての、近藤氏の活動を見てきた人によって、評価がわかれるところになります。
何も知らない人が読んだ場合(おそらく何も知らない人が個人のアマゾンkindle小説を読むことはあまりないでしょうが)、ひどく退屈に感じられる可能性が高いです。
私の考察もあくまで推理ですが、ねずみが何で、図書館が何で、猫がなにか?をいろいろ考えないと楽しめないつくりになっています。
それは、文学作品として上等な作品に聞こえるのですが、シンプルに話がわかりやすいとか、面白いというよりは、哲学的な内容という印象でした。
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