クイーン フレディ・マーキュリーの伝記映画「ボヘミアンラプソディ」 見事な脚色・演出と誠実なメッセージの詰め込まれた作品

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僕が生まれすぐになくなった、世界的なロックスター、フレディ・マーキュリー。彼の半生とボーカルを務めたクイーンを描いた伝記映画「ボヘミアンラプソディ」を見てきました。

僕が、クイーンを知ったのは中学1~2年生ぐらいで、木村拓哉のドラマの主題歌の「アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラブ・ユー」がヒットしていて、企画で、ジュエルっていうベストアルバムを購入したのがきっかけでした。

そのあと、ジュエルのDVDも購入しましたし、後に浴びるようにハードロック・ヘヴィメタルを聴くようになって、「クイーン2」の構成力にビビリましたし、メタリカがカヴァーした「ストーン・コールド・クレイジー」の圧倒的なまでのリフやソロにただただ驚愕しました。

(見た目でボヘミアンラプソディが収録されていそうですが、入ってません。アルバム通しのクオリティはこれが一番好きです)

Queen – Stone Cold Crazy (Live at the Rainbow)

 

普通のロックをやらせても才能をいかんなく発揮していますが、手拍子、足拍子を駆使した「ウィ・ウィル・ロック・ユー」や表題のオペラ要素を取り込んだボヘミアンラプソディなど、バラエティが多彩です。

フレディがピアノを得意としているため、ロックアーティストでありながらピアノを基調とした曲が多いのも特徴。

さらに、フレディがザンジバル出身で、両親がインドという移民。見た目も出っ歯であることや女性的なファッションを好むという要素を持ち、LGBTというマイノリティを集約したような半生を送っている。それが、既存のロックにとらわれない音楽性を生み出しているでしょう。

クイーンの出現以後により、ロックは様々なジャンルと組み合わせることで新しい可能性が見いだされ、国籍や性別にとらわれずに素晴らしい音楽を作ることで、人々の心が動かされることも証明されました。

大袈裟かもしれませんが、フレディがいなければ、レディー・ガガはバイセクシャルを公言して共感を得られなかったでしょうし、カントリー出身で、保守的と言われたテイラー・スウィフトもLGBTの権利を主張しなかったのかもしれません。

幸運なことに、現在クイーンはオフィシャルでYOUTUBEにて、過去のアルバムやライヴ映像を発信しています。よかったらご視聴ください。

さて、映画に話を戻します。

フレディを演じたラミ・マレックはじめ、主要メンバー4人がメイクやパフォーマンスによって、完全に当時のクイーンメンバーの雰囲気に寄せています。

一番似ていたのは、ベースのジョン・ディーコンを演じたジョゼフ・マゼロでしょうか。鼻の形と言い本当にクリソツでした。

ラミ・マレックの凄い点は、帰ってから本家のライヴエイドを見たんですけど、顔の方向性は似ているものの、フレディと瓜二つってわけでもないし、体格なんてフレディより二回り地位さんですよね。

でも劇場で見た時は(ちなみにIMAX)、その小さな体から繰り出されるエネルギッシュあふれるパフォーマンスで、「あぁフレディがよみがえった」という感動を覚えました。

俳優ラミ・マレックが〈クイーン〉フレディになるまで/映画『ボヘミアン・ラプソディ』メイキング映像

世界屈指のヴォーカリストであるフレディの声質を再現することは難しく、ヴォーカルレッスンを受け、一部はラミ・マレックによるものですが、多くはフレディの音声に差し替えられています。(ギターなどは存命している、ブライアン・メイから師事されています)

パフォーマンスや動きといった映像の再現度は、ただのドキュメンタリーや伝記映画を超えた、エンターテイメントあふれるミュージカル映画としての迫力があります。最後のライヴエイドは短縮はされているものの、クイーンがなぜ人々の心を震わせ、感動させるのかが十二分に理解できます。

伝記映画としては、よくある大物アーティストの音楽の方向性の違いや、成功したことで人々やメンバーとすれ違い、孤独に溺れる人間臭いフレディが描かれます。

クイーンファンとしては、ボヘミアンラプソディをはじめ、名曲の誕生秘話が語られます。ただ苦悩や苦労よりも、ひらめきなどで生まれたように見せています。本当はわかりませんが・・・

面白かったのは、ボヘミアンラプソディのオペラ間奏でフレディがロジャーに何十テイクも「ガリレオーー」の高音を叫ばせたシーンですね。最後の4人で共鳴するシーンがあんな形でレコーディングされていたんですね~

Queen – Bohemian Rhapsody (Official Video Remastered)

 

途中で、誰が作曲で作詞で権利はどうするかではなく、「名義はクイーンで4分割する」という考えも当時としては、画期的だったのでしょう。

彼らの音楽性の幅の広さは、フレディの作曲能力に依るところと、メンバーのアイデアをそれぞれ取り入れるという結果生まれたものです。

よくある話が作詞・作曲は一人が独占して、権利も独占できるが、他のメンバーが遊んでいる姿を見て、気持ちが萎えて解散。これがよくいわれる音楽性の違いの一因です。

特に胸が痛むシーンがあります。

性的な問題が原因で、メアリーと婚姻を解消した一方で、他のメンバーは結婚して、温かい家庭を築いています。

ある日、孤独の絶頂に陥ったフレディは、同性愛のマネージャーを呼んで、乱交パーティーを開き、メンバーを招待します。

メンバーは、フレディのテンションについていけず

「時折、君は本当にクズになる」とブライアンが諫めます。

後日、フレディが破格の契約料で、ソロデビューすることをメンバーに伝えます。当然メンバーは突然の告白に怒りをあらわにします。

「俺たち、メンバーは家族じゃないか?」

するとフレディは激昂して

「何が家族だ!!君たちは家庭を持っているが、僕はずっと独りだ」

それから、メンバーを徹底的になじります。そこからフレディが本当の孤独やメンバーの愛に築くことや、愛されることではなく愛することに意識が芽生えるところが、さらに感動ポイントなのですが。

あと、演出だと思いますが、フレディがHIVを宣告され、病院を出る瞬間に明らかに同じような症状の男の子とコミュニケーションをかわして、男の子が勇気づけられるというシーンもありました。

全体としては、結構ベタなシーンも多いです。大雨の中別れを告げるシーンとか、メアリーに電話しながら、背後には大男にひかれてドアをくぐるとか。そのあたりはエンターテイメントなので、仕方なしですが。

ウィキペディアを見ればすぐわかることでしたが、フレディが女性を愛し、結婚したことがあるという事実は知りませんでした・・・

フレディはバイセクシャルの一面もあったという主張がある一方で、彼がHIVにかかった原因は、度重なる乱交パーティーが一端であるという批評的な演出もされています。男性同士の行為になると、本来異物を入れてはいけない場所に入れて摩擦させることで、出血が起こりやすく、感染のリスクが異性同士よりはるかに高まるというエビデンスもあるぐらいです。

その点では、エンタメとして起伏のあるシーンは、多少の演出を交え、逆にメッセージとして伝えるべきシーンは、誠実に見せているという点では、ロックスターの伝記映画というジャンルでは一つの決定版ができたといえるでしょう。

やはりクライマックスのメンバーに病気を打ち明けてから

「僕の生き方は僕が決める」

と発言して、ジムに告白、家族に伝え、怒涛のようにライヴエイドの最高のパフォーマンスに移るとテンションの持ち上げ方が上手い作品でした。

Live Aid- Queen- Full Set HQ
ショウ・マスト・ゴー・オン 和訳字幕付き クイーン The Show Must Go On lyrics Queen 1991