20代からの椎間板ヘルニアとの奮闘記 序章 悪化する症状、止まない神経痛、生活習慣病としての恐怖

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元々、肉体労働者たちの挽歌で取り上げるつもりだったのがこの椎間板ヘルニア。

筆者は一年前からヘルニアを患い、春先に整形外科で申告をされていこうずっとこのヘルニアと戦っている。患者の中には10年以上付き合っているという猛者もいれば、症状が悪化して歩行困難にまで陥ったケースも聴く。

本来、このブログでは筆者が日常生活で学んだこと、成功した体験を通して利便性のある情報を送れたらという意図があったが、症状がおさまらないケースを伝えることも必要だと最近感じるようになった。

今回は触りということで、筆者のヘルニア体験を箇条書きで紹介していく。

2014年3月~

風呂上がりにボクサーパンツやトレーナーの下を履く際、右足の親指に違和感を覚えるようになった。感覚が薄いというか麻痺?というか。ちょうどそのころ、引越しの荷物をまとめて運ぶことが多く腰への負担が多かったにも関わらずまだまだ腰痛に関して未熟だった筆者は若さにまかせてしまった。

右足の親指麻痺を健康診断にて打ち明けるとヘルニアの可能性を告げられ、整形外科に診断を委ねることになる。

整形外科では簡単なレントゲンの検査を行い、痺れを改善するためにビタミンB12の朝・夕一日二回の服用と牽引によって腰を伸ばし、マッサージを伴うリハビリを行うことになった…

保存療法としてコルセットを身に付けたが、動き続ければコルセットもずれて腰の痛覚にしまりつづけて激痛に見舞われる。コルセットはデスクワークや立ち続ける仕事なら有効だが動き続けることを要求される場合は逆効果になる恐れがある

現在では頻繁に身体を伸ばすストレッチや姿勢をのばすことを心がけて痛みをケアしている。

2014年9月~

症状はおさまるどころか、繁忙期を経験したことでむしろ悪化。親指は麻痺から時折、激痛を伴うようになり、ことの深刻さを担当医に告げたところ、MRIの撮影を進められる。

MRIは約7000円ほどかかり、頭から足先までドーム状の検査機で覆われる。頭に撮影音が鳴り響くだけではなく真夏ということもあって中はとても熱い。筆者はむしろ閉所が好きな人間だがこのときばかりは押しつぶされそうな圧迫感を抱き、検査が終わった頃には汗がだらだらと流れた。

さて、検査結果は椎間板のクッションがはみ出て神経を圧迫している(しかも二か所)ということで、この時点で正式な椎間板ヘルニアが申告された…
その後、仕事で休日を固定化してもらい、なるべく超勤を避けるように効率よく動くことを目標に職務に励んだ。

2014年10月~

昨年はこの秋口がもっとも辛かった。朝早く起きて仕事前に整形外科にて診察を受けるのだが、整形外科は高齢者が多いため、診察時間についてもすでに何十人も待合室で待っている。(むしろ午後以降が空いている)

若者が少ないという絶望感とリハビリを半年近く受け続けても改善されない絶望感に悲嘆する毎日。
リハビリもマッサージは気持ち良いが、牽引は強く引っ張りすぎると腰に痛みが走って仕事に集中できなかったため、途中で中断するようになった。

薬の種類も増えたが、痺れはいっこうにおさまらない。それどころか坐骨神経痛により臀部の上部がピリピリと痛む毎日で、腰の感覚が鈍く(時には感覚そのものが薄れる)ことがあり、精神的に萎える日々が続いた。

2014年11月~

仕事の量が増え、人員が充実していたこともあってこの時期は最も働きやすかった。年休も何日か申請していたため腰を休むいい機会にもなった。

足指のしびれは最も大人しく、整形外科へ通うこともいったんとめて、自宅で静養するという選択肢をとった。

もしかしたら、このまま自力でヘルニアを治せるかも…そんな希望に満ちた月だった。

2014年12月~2015年現在

年末は忙しかっただけでなく、人員もある理由で減り、腰への負担が急激にのしかかり、右のみならず左の親指も完全な麻痺に至らなくともピリピリとその前兆を伺わせるようになる。右足の痺れも元に戻った模様…腰の痛みは整形外科を離れてからYOUTUBEにて取得した坐骨神経痛を抑えるストレッチを繰り返すことで何とか最悪の事態を回避している。

しかし、ストレッチは所詮、その場しのぎで予防にはなるが治療にはならない。最近はわき腹に急な激痛が走るようになったり、神経痛の頻度が増えている。

約1年、ヘルニアと付き合ったことで感じたことが二点ある。

①ヘルニアはぎっくり腰とはまるで違う

言うまでもないかもしれないが、同じ腰痛という捉え方をする人もいるかもしれない。ちなみに筆者は二十歳でぎっくり腰も経験済みのためあらかじめ腰に爆弾を抱えていたのだろう。

ぎっくり腰の主な原因はスポーツをあまりしていない状態で急激な運動(デニムでしゃがんだ時に…)などが主な原因で日ごろ腰を動かし続けている仕事やストレッチをしていれば、それが予防になる。

逆にヘルニアは腰の疲労、負担が蓄積して症状に現れる。そのため突然の運動ではなく、生活習慣病といってもいい。
症状を抑えるだけならストレッチで済むが、根本治癒を目指すならこれはもう転職や仕事の長期休暇で生活習慣の改善を試みなければならないだろう

生活習慣病であるためタクシーやデスクワークなど同じ姿勢をとり続ける仕事を長時間行っている人もヘルニアは代表的な症状である。

腰痛は腰に無理な負担を与えたからといって直ちに痛み出すものではなく、症状が現れるのは筆者の感覚でいえば激しい労働を行った2週間後あたり…逆に腰を安静にした生活を行っても変化を実感できるのは2週間かかる


②明確な外傷ではないという孤独な闘い

ヘルニアを体験した人なら皆さん体験しただろう…腰痛は当たり前だが目に見える病気ではない。自分でどれだけ深刻になっているか気付くことは困難で、さらに同僚に訴えても出血や外傷にあらわれていない感覚的な痛みなため伝わらない。

ヘルニアといっても症状はピンキリのため、どこがレッドゾーンであるか分からないのも精神的に常に不安定にさせられる。

私自身、ヘルニアはトップアスリートの人が無理な運動を続けてなる特別な病気という認識をしていた。実際ヘルニアにかかっている主な年代は20~30代。際立ったスキルを持たず苛烈な肉体労働に従事するしかない点や若さにまかせて腰を無理に動かし続けて休むことを忘れた結果の仕打ちとして発生する。

まさに肉体労働者たちの挽歌…鎮魂歌…

もし長時間肉体労働に従事されるかたは、ぎっくり腰がないからといって油断せず「腰の痛みは蓄積して、ヘルニアがあらわれる」ことを頭の隅に置いてほしい。

逆にヘルニアになっても初期段階で腰に負担をかけないように生活を心がけていれば、ただちに歩けなくなる、激痛で寝れなくなるという症状の悪化は緩めることができる。これもあくまで緩めるだが、足のしびれや腰の違和感を抱けばすぐに整形外科に行くことはやはり重要だ。

まだ現在ヘルニア進行中の筆者が言っても説得力がないと思うが、ヘルニアにかかり身体の一部分が痺れ続けている場合、まず考えることは無理に根本治癒を目指さず、痛みといかに付き合っていくということ。

というのも痺れが治るのは長期間かかったり、なおらず一生痺れと付き合い続けるケースもある。根本治癒を目指して治癒できる環境になければ難しい。「ヘルニアを治癒できた理想」→「ヘルニアになりつづけている現実」という絶望に悲嘆するだけだ。

そのため、治った治らなかったではなく、マシだったひどかったという観点で一日一日、辛抱強く生きるほうが建設的だ。もちろん理想はヘルニアの原因となっている仕事を変えること、辞めることだが、そう簡単に仕事を変えることも難しい。たぶん私のようにヘルニアを一刻もケアするために仕事を辞めたい人はいるかもしれないが、とはいっても労働者という身分や年金や保険料を納めている社会地位を失う恐怖と同居している人は多いと思う。

今回はいつも結果ばかりを記載するブログだが、とん挫している過程をそのまま書いた。これからはアマゾンでいくらかヘルニアに関する書籍や対策グッズ(すでに購入して試しているものもあります)を紹介して、手術までこぎつけないように、今の仕事を一日でも長く続けられるように努力したい。

全ての肉体労働者に幸あれ!!

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