中村淳彦氏のルポ中年童貞を読んで 後編 家庭を持てない、定職がない=不幸から無数の趣味のうちの一つとなった性交

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まず、今回は前編から繋がっているので、時間に余裕のある方は前編から読んでいただきたい。読み終えるまでにおよそ5~10分程度かかる。

今回はまだ連載が完結されているわけではないが、ルポ中年童貞の後半部にあたる
「高学歴中年童貞の恋愛妄想日記」~「偽物のセクシャルマイノリティ」までを取り上げる。

そう、タイトルからも分かる通り、今回は非正規社員やフリーターではなく国立も卒業して大企業につとめ社会的に安定した人からもインタビューをとっているのだ。

第6回、「高学歴中年童貞の恋愛妄想日記」は学生時代の失恋体験から心を病んでリストカットを繰り返すというのっけからあまり中年童貞とはまた別次元の問題であるが、そんな彼は新興宗教へ入信したことをきっかけに首や手首への深いリストカットをやめ、好きになった人には直接告白することなくIFストーリー、つまり妄想で日々を頭の中で幸福に暮らしている。

この回では精神の病という若干生得的な特性も絡んでいることを中村氏は察したのか「これは中年童貞が絡んでいるからか」ではなく、淡々と相手の人生経験を聴いて速記しているような雰囲気だ。

ここで勘の鋭い方なら理解できるかもしれない。中年童貞という自覚が多少あって、ある程度の引け目を感じ、社会とのつながりも仕事だけでもあるという人がインタビューに応えている。つまり中村氏が提唱する現実とかい離し異常な自己正当を繰り広げる中年童貞を取り上げるならアポなしの突撃取材に対して叫んで反抗する彼らをリアルタイムで取り上げるしかないのだ。

次に実名でネット右翼活動し、転売で生計をたてる40歳男性を取材する。
彼は最近になって読書会に参加し、異性の他者に読書の知識を褒められたことで自信を獲得し、「意識改革に成功した」とされている。

 最後に、中年童貞である宮田氏に「中年童貞はどうすればいいのか?」を訊ねた。
「読書会に中年童貞がたまに来るけど、プライドが高いし、どうにもならない。無理でしょう」
 宮田氏は意識変革に成功した張本人だが、自分を含めた中年童貞に対して一刀両断にそう辛辣に言っている。
「僕は童貞ネタは笑いとして聞いて欲しいと思っているけど、他の人はそれが一切ない。自分を社会に相対化できていないから壁ができて、結果童貞から抜けられないというか。基本は笑い飛ばせるかどうか。僕は“童貞”っていろんな人に笑われているけど、新しく読書会にきた童貞に対して僕と同じ事を言うと怒る。
 中年童貞はキレやすい。とにかくプライド高くて、それに反したことを言われるとすぐ沸騰してキレる。自分のプライド傷つけられることに異常に敏感なんですね。毎回びっくりする。本当に成功者で高学歴、金を持っているけど女性だけは苦手、みたいな中年童貞以外は無理でしょう。現実から離れすぎて、救いがない
宮田氏が掲げる中年童貞が多い属性は介護職員、農業関係者、ネット右翼の三種類だった。見かけた場所は読書会とチャット、掲示板などである。
「多くの中年童貞は“素晴らしい俺様はどんな会社でも本当は活躍できるけど、仕方ないから介護程度はやってやる”みたいな感覚。農業も一緒。介護も農業も国や自治体の政策で、補助金だして人を集めている。政策が絡むと自分で選んでいるわけでないし、失業者のセーフティネットになって、本当にとんでもない奴ばかりが集まる。職場が破壊されるのは当然、産業も破壊される。
 今は社会的制度で介護と農業に流れているけど、昔は親が養っていたはず。ニートみたいに。ネット右翼にも“俺、介護職です”って奴がいっぱいいて、そいつらが目指すのは小説家。俺、素晴らしいから介護なんて糞仕事辞めて、一発逆転で小説家になるみたいな意識ですね。芥川賞に応募するとか堂々と書きこんだり。本当になにも知らない。中年童貞なんて働かれてもまわりが迷惑なので、たまに議論されているベーシックインカムでしょう。ベーシックインカムは、中年童貞を社会から隔離ができるいい制度だと思いますよ

いやぁもう中年童貞を扱って一冊の親書を書いてもらっても…
とは思えない。現役で実名でネトウヨとして過激な言葉を使い続けるだけあって、彼の主張はバランスに欠けている。私もそうだが、自分の身の回り5キロが真実。そんな印象だ。

まわりが迷惑というが、全ての社会人が仕事の責任を持って、心身捧げているわけではない。「安定していそうだから」という理由で働いている人も多い。この主張はインタビュー先の男性が中村氏の主張を聴いたうえで「中年童貞は淘汰させるべきだ」という反韓、中ならぬ反童な思考になっている。とくに産業の破壊は中年童貞によって引き起こされるというあたりが…
チェリーボーイをネタとして笑いにできる陽気さが正常というのはあまりにも主観が過ぎるだろう。(逆切れしすぎるのもアレだが)

三人目はITの上場企業でシステムエンジニアをしている30代後半の男性。彼は中村氏に同行した担当女性編集者を「どうして女性がいるんですか、聴いていないです」と反感を示した。

一瞬、「おいおい中年童貞はコミュニケーション力がないな」と思う人がいるかもしれないが、冷静に考えてみよう。

女性が同席することで取材が失敗する可能性を想定はしていたが、挨拶もしないうちに追い返されるのは予想外だった。私は申し訳なさそうに帰っていく彼女の後ろ姿を眺めながら驚き、緊張が走った。なにか余計なことを言ったら傷つけてしまうのではないかと。

中村さん、あんまりやで・・・これは確信犯である。女性編集者を同行させて反応を伺おうという意図すら感じさせる。これが新書ならばチェックが入って消されるが、連載なので思わず口に出た横暴さが露見している。別にこれ見よがしに「人権蹂躙だ」というわけではないが、アポの時点で同行の旨を伝えたり、相手が女性との交流においてトラウマを抱えている可能性がある(実際対象者は抱えていて自ら偽りのホモセクシャルを演じているという)程度は想定できないのだろうか?

この人は深く自己分析をしている。しかしそれは知的というよりあまりにも過激で必要なく自分の精神を痛めつけている。そしてその行程すらも客観視できるので収集がつかない。

“本当は女性に好かれたくて仕方がないのに、絶対にそれは叶わない。だから徹底的に逃げているのです。それが不可能になるように、自分の男性性を徹底的に壊して破壊して、潰して。本当は女性に受け入れてほしいのに、逃げるように男性同性愛者のフリして、既成事実を作るために男性とセックスしたり、ネットでゲイ動画を観たりして、男性を相手に性的興奮できるようになった。本当は女性と話したり、普通に結婚したりしたい。けど、絶対に受け入れてもらえないから、男性性を捨てる自傷行為として性同一性障害に逃げているんです。元々男らしさが無いことも含めて、性同一性障害は単なる言い訳です”

よくドラマでみられる告白の罰ゲームの対象にあったり、育てられた祖母からいつも責め句を言われ続けることで対象者の自己肯定感は地に落ちている。それでも自分は変わって、ハッテン場を行き来して同性との性交で承認欲求を得ることはやめて、普通に女性と交際して子どもを産んで育てたいを心の底から望んでいる。

 おそらく父親が交通事故死することなく、生きていてダメージを受けた祖母と暮らすことがなければ、性的マイノリティを言い訳にすることはなく、結婚もして人並みに昇進もして普通の男性サラリーマンとして生きていたのではなかろうか。しかし、彼は自覚して変化を望んでいる。最も高い壁である“自分を知る”という壁を越えている。希望するような状況になるのも時間の問題じゃなかろうか。

エールといえば聞こえはいいが、人並みの自立、結婚や昇進ができる人なんてこの世にどれだけいるか。冒頭の横柄な取材とあわせて「やっぱり人間は結婚して家庭をを持って、安定した職について自立するのが一番の幸福だよ」という持論にまとめたがっているようにしか見えない…

中年童貞への取材を繰り返すうちに「これは単に警鐘を鳴らすだけでなく解決への糸口も提示すべき」と考えたのか第7回では「童貞喪失を目指す学校を作る」という名目で活動に取り組むNPO法人へのインタビューを敢行。

「童貞処女の問題=望まないヴァージンは、誰もが一度はぶつかる大きな問題であるにもかかわらず、社会的支援がまったくない状態です。社会の中で男女交際が自由になればなるほど、性はパーソナルな問題になる。そのため、本人がどんなに困っていても、ヴァージンを卒業するための支援や教育は一切行われません。
 セックスは、経験のない人には、ときに恐怖や回避の対象になります。未婚化と晩婚化の進展に伴い、恋愛やセックスの経験を積むことができないがゆえに性的に自立できず、自分や他人の性と向き合うことから逃げ続けている人は増加するばかりです。性的な自立は、社会的な自立とつながっている。もちろん、今は様々な価値観があるので、性に興味がなくても幸せという人は、そのままで問題もないと思いますが、性的に自立をしたい人は、なるべく早いうちに性体験を済ませるべきだと考えます
 そう語るのは一般社団法人ホワイトハンズ代表理事・坂爪真吾氏である。
 坂爪氏は東京大学在学中に障害者の性や性産業の問題を知り、「性産業の社会化」をミッションにホワイトハンズを起業。重度身体障害者に対する射精介助サービス、性の専門職を目指す人向けの「臨床性護士」講座、デリヘル経営者向けに法律講座などを開催している。近著に『男子の貞操 僕らの性は、僕らが語る』(ちくま新書)がある。
「ホワイトハンズでは2013年から“ヴァージン・アカデミア”という、童貞処女を卒業するための学校を開校しました。受講している人は20代前半から30代前半の男性が中心で、公式テキストを読んで月に一度レポートを提出してもらう、という通信講座形式です。1年以内にヴァージンを卒業することを目標として、それを『就活』や『婚活』になぞらえて、『性活』と呼んでいます。
 見合い結婚という制度がなかったら、そもそも結婚もセックスもできない、という男女はたくさんいると思います。しかし、現在は、見合い結婚の割合は全体の1割以下です。婚姻率自体も下落の一途をたどっており、たくさんの人がセックスからも結婚からもあぶれてしまっています。」
 坂爪氏は童貞問題を個人の問題ではなく、社会の問題として捉えている。
 戦後すぐは婚姻カップルの7割が見合い結婚だった。半世紀で逆転現象が起き、恋愛結婚が88%、見合い結婚8.1%というのが現在である。結婚=セックスと考えると、半世紀前までは親や地域が介入するのが一般的だったが、その風習はなくなってしまった。性は自由主義、個人主義となって、時代の変化によって取り残されてしまったのが中年童貞という考え方である
「個人の価値観の問題ですが、異性とセックスをしたい人は、できれば一定の年齢までに経験したほうがいい。年齢を重ねると、自分の考えがガチガチに固まって、柔軟性や応用が利かずに方向転換ができなくなるリスクがある。結婚や出産と同様、『適齢期』という言葉は好きではないし、そうした表現自体が当事者にとって抑圧的に働くことになるので、できれば使いたくはないのですが、あえて目安を出すのであれば、18~25歳くらいまでには経験するのが望ましい。恋愛をはじめとする人間関係は、相手との価値観のすり合わせです。相手の気持ちや立場を理解した上で、自分の言葉や行動を相手に投げかけていくキャッチボール。このキャッチボールをできるだけの想像力や柔軟性がないと、関係は続かないので、やっぱり恋愛やセックスへの第一歩を踏み出すのは、社会に出るのと同時期がいいと思います

実際に童貞・処女喪失合宿を行おうとしたところ周囲から批判が殺到したらしい。
主催者は明治以前の集落で行われた若い男性を未亡人がリードする夜這い文化が整えたらということをコメントしている。

別に女性への人権侵害という批判はそれはやることをしっかり説明された上で女性が納得しているなら問題ないし、下手に乱交パーティーして卒業というよりは健全かと思われる。ただ衛生面の徹底や何重にも及ぶ本人への意志確認を怠れば裁判沙汰にもなりかねない。

それよりは性病関連に徹底したソープを作ったほうが男性側の童貞喪失を考えるなら現実的だと思う。
従業員の女性側への定期検診はもちろん、客となる男性側にも自費か店の料金に含むか分からないが、性病検査を徹底させようやく会員として利用できる。サービス開始からコンドームを着用し、フェラも極力控え性病への対策を万全にする。しかし、国から公に認定するということは性風俗を公認するためNPOで「ここは安全ですよ」とローカルながら太鼓判を押して口コミで広げていくしかないだろう。

現在、ソープランドなどの性風俗の利用者は30~50代という中年層で結婚し家庭持ちも多いという。そもそもソープランドは現実の性行為で女性に奉仕し疲れたり、セックスレスに嫌気のさした男性などが使用するケースが多いと言われている。

中村氏は「まだ性欲を認めて風俗を利用する男性のほうが健全だ」という。私も「好きな人と捨てたい」「処女しか認めん!!」という願望を持っているわけでもなく、近くて安全なら2~5万ほど払っても別に風俗を利用してもいいなぐらいには思っているが、性病対策に対してあまりにもリスクが大きい。クラミジアや淋病などの治せる性病であっても泌尿器科にお世話になり、費用や時間も余計にかかる可能性を考えるとあまり利用する気にもならない。

最後にまだこの連載は完結されていないが、思ったことを少し。

これはあくまで妻子を持って、出版で食いつなぐことに危機感を抱き介護を自ら経営するほどサバイバルに意欲的で、こうして積極的にノンフィクション家業を継続できる社会人として立派な中村淳彦氏が社会に求めるニーズを反映したものだ。

風俗を扱わない層は扱わない物理、精神的な理由もあるし、非正規のうちの半分は正社員にならなくてもいいと思うぐらい現在の正社員を取り巻く環境は厳しいものがある。家庭を持って、定職を続けられることの幸せというのは昭和ユートピアへの拘りだと思われる

二次元が中年童貞の逃走先になることを批判するよりは、彼らの性格的な歪み、暴走を止めていることに貢献する考え方もできる。オタクという人種は他人から与えられたメディアにいわば寄生することで生きる理由を見つけ出している側面もあるため、「社会が僕等に生きる理由を与えくれる」という感謝が根底にあるものだ。
生の肉体関係がストレートに承認欲求を満たす機能ではあるが、それ以外に満たす方法が全くないわけではない。それは先進国日本に生まれた幸福の一つである。

さらに素人同士のセックスというものは妊娠というリスク(防ぐ方法は多数用意されているが)を常にはらむ。子どもを成人まで育て上げる精神力、財力(職の確保)が出来る人間は今の時代正直限られている。もちろん産むだけ産んで教育費もほとんどかけずに育てるという方法も取れるが、日本人は責任感の強い人種だ。「産んだ以上ちゃんと幸せに育てなきゃ」と思うあまり、仕事、精神などの少々の破たんで子育てを諦めることもある。こういう男性は「責任逃れ」「逃げた」と批判される。

だから「中年童貞は責任感が持てない」→「生半可な責任感が持てないなら別に子育てしなくてもいい」という選別と考えるならそれでいいのではと考える。これだけ未婚率が増え、その中のヴァージンの割合が増えるということは自由恋愛による弱肉強食もさることながら、「セックス、そしてそれによる妊娠の責任は一部の人間がリスクを考えて行うもの」。

それが進んでいった結果、現代におけるセックスは「人間が生きる上で必要な欲求を満たす手段」「心のコミュニケーション」ではなく「無数にある趣味の一つ」に納まりつつあるのではないだろうか?

今回は反論気味にも書いたが、この中村氏の問題提起は非常に興味深いものがあった。一部取材の方法に「それはないんじゃない?」と思うこともあったが、これはいずれ考えるべき問題の一つかもしれない。しかし草食男子、ニートのように言葉の過激な意味だけが独り歩きしてブームになって、ワイドショーで「中年童貞問題の第一人者」として取り上げられる事態だけはなってほしくない。これはまだ社会的な問題というより一部の個人的な問題なのだから。

そういう内容を踏まえたうえで、興味のある方はまた全部読みなおして観るのも面白いかと
ルポ中年童貞