NHKスペシャル「♯失踪 若者行方不明3万人」 利用され、使いこなされているのはスマホか自分か

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「ある日、突然、我が子がいなくなった」。今、突然“失踪”する若者が相次いでいる。警察庁によると、1年間に全国で行方不明となる人は約8万人、4割を『10代、20代の若年層』が占め、年間3万人を超えている。取材班は、失踪した我が子を探す家族を取材。さらに、若者にSNSで相談にのるNPOの協力も得ながら失踪した若者たちへの接触を試み、その過程を記録する。取材からは、SNS上に「裏アカウント(裏アカ)」をいくつも持ち、親や友達さえも知らない“匿名”で「本当の自分」をさらけ出し、見ず知らずの人間と簡単に接点をもっていく、新たな“失踪空間”の実態が見えてきている。さらに番組では、若者を対象にした大規模アンケートを実施、親が知らない若者たちの実像にも迫る。9人の若者の命が奪われた座間の遺体遺棄事件を受け、今年3月、国はSNSで若者の相談にのる団体の支援に乗り出した。いつ何時、犯罪に巻き込まれるか分からない若者たち。これまでの“家出”とは異なり、若者が次々と姿を消していく新たな“失踪社会”の実態を追跡する。(公式サイトより引用)

4月7日9時よりNHKスペシャルにて放送された♯失踪 若者行方不明3万人という特番を見た。今回の記事は番組を見ながら思ったことをブレーンストーミングするような内容になっているので、かなり読みづらいかもしれないがご了承ください。

NHKスペシャル「#失踪 若者行方不明3万人」

28年度の警察庁調査により全国で10代から20代の失踪者が3万人を超えている。加えて失踪者の2割は1か月以上失踪を継続したままで、1年たっても帰ってこないケースも多々ある。

冒頭で中学三年生の女の子が3年前からスマホを手にしてからSNSに没頭して、見ず知らずの人とコミュニケーションをとってついていってしまったたま失踪したのではないかというケースが報じられる。

NHKは若者失踪の要因はSNSで不特定の人間に容易にあえてしまう環境にあると推測し16~25歳の若者5000人に大規模なアンケートを敢行。

ツイッターの裏アカウント使用者は約35%、知らない人とコミュニケーションしたことがある約55%、そして実際にあった割合は約35%に及ぶ。

正直このアンケートは意味があったのかな?と思う。ツイッターやフェイスブックが広まる以前からチャットやスカイプなどでオフ会文化や見ず知らず人とのコミュニケーションが醍醐味のメディアは存在していた。

かくいう僕も大学時代にチャットに傾倒して、見ず知らずの相手とメールアドレスを交換して、電話したり日常会話を楽しんだ。(すぐに終わってしまったが)

裏アカウントもそれそのものが悪と断言するのではなく、なぜ裏アカウントを使用してしまで自分の本音をさらけ出したいのかという分析をもう少し深くすべきだったと思う。

さらにトピックを焦点化させ、「家出少女」というワードが現れます。

裏アカウントを駆使して、「今日、誰か泊めてください」と依頼する10代後半~20代前半の少女。少女がそうつぶやくだけで50秒たたないうちにレスが来る。そのレスの中には善意で泊めたいという人もいるが、性的関係を持ちたいがためにレスを送る人間ももちろん多い。

そうした性的被害を問題視する一面も報じられていた。

家出少女に接触したスタッフは「一番大切なものは?」と質問すると少女は「スマホの充電器」と即答した。スマホがなければ明日の住処も確保はできない。

その一因として未成年で身分証明書がなければ漫画喫茶に泊まることができないからだ。カラオケ店でも身分証の提示を徹底している店舗もある。

家庭内暴力やネグレクトがあった可能性も示唆されるが、親という最も身近な親への信頼が欠落しているため、公的な援助を受けることにも抵抗があり、流れてしまうという問題があると思われる。

番組を見ると、少女たちは知識が乏しく、スマホ=SNSと直結させ、見ず知らずの相手に泊めてもらうことがどれだけのリスクを伴うかことを想像できない想像力の乏しさが問題であると指摘しているようだ。

スマホを利用する彼らは、スマホによって閉塞的な家庭環境から自由に抜け出して、あらゆる人々とアクセスできるとどこか神格化しているように思われる。

実際はスマホを利用しているのではなく、自分たちが利用されているのではないか?という客観的視点が抜けている。

どこまでが許容できるギブアンドテイクであるかを自分で判断できなければ、たちまち性的被害のリスクを抱えた状態で利用し続けることになるだろう。

この問題の根深さは援助交際のように深夜街中に出歩いて若者が顕在化するということが難しい点にある。そのため夜回り先生などが機能しづらく、警察が捜索をしても宿主と泊まる側が合意していれば室内でずっといるわけだ。失踪が長期化しやすいのもよくわかる。

ただしいくら双方が合意していたとしても、これは立派な誘拐に当たる。番組では執行猶予がついたが逮捕された男性がインタビューしているシーンがのせられていた。仮に泊める側が完全に善意で泊めたとしても親からみれば誘拐犯、世間から見たら未成年を家に長期間とめる気味の悪い存在として映る。とても正当な保護者としては映らない。

若者だけではなく、泊める側の深層心理の闇がより一層深く感じられた。

そうはいいながらも、家庭が本人にとって必ずしも安全な場所とは限らない。当人の人生にとって不可避で必要な家出というのは確かに存在する。重度の家庭内暴力、性的被害などがあった場合がそれにあたる。

日本ではNPOや国、自治体がそういった若者を保護する施設や設備が存在する。そういった施設がどのような役割を持っているか、どのような評価を下されているかというのを検索するうえでもスマホは強い味方になっている。

ただ自分が100%悪いわけではないのに、集団生活を強いられたり、別のルールに縛られていることに抵抗を感じる若者が多いことが失踪の表れになっていることもある。自由な他者の家で公的なホームステイを認めていくことも同時並行で必要が気はする。

実家にパラサイトしている僕にとっては実家というホームベース、資本を手放すことができない。それはそれで一つの社会問題かもしれない。「なんで家庭という資源を手放すの?」と思う自分もいれば「長期間自分の身一つで飛び出せる勇気は相当なものだ」と彼らが望んでその環境に飛び込んだわけではないが、敬意を表するような感情を覚える。

しかし、今一度、その状況に置かれている若者は自分がその状況を自分でコントロールできてるのか。家庭にいることと家庭を離れて暮らすことを天秤にかけてどちらが自分という存在を安定させてくれるのか。そして保護者に無断で他者の家に泊まり続けることは、世話をしてくれている他者にもゆくゆくは迷惑をかけるかもしれないというあらゆる想像力を働かせながら今を生きる必要がある。

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