新潮45 杉田水脈氏のLGBTと生産性 問題の根幹は後半以降の教育にあり

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どうも、ヘテロセクシャルですが、女性との交際経験が一切ない、「生産性」のないアラサーの司真です。

新潮45の杉田水脈議員のLGBTに対する「生産性がない」という一文に対して、ネット、マスメディアで様々な意見が寄せられています。

僕も以前の記事で、二階議員の発言について「おいおい~」って突っ込んだので、900円払って、新潮45を購入して、全文読みました。

国のために子供をつくれという意見の方が勝手じゃないかな~ 二階幹事長の発言をうけて

(僕は、二階堂ふみのほうが好きです)

(もっと読むべき本はあります)

まずこの新潮45の全体のテーマが「朝日新聞の報道の在り方に疑問を投げかける」というところで、文章の初めに、「朝日はLGBTを取り上げすぎているぞ」というツッコミから入ります。

  • LGBTの差別、誤解をやわらげようというメディアの風潮に対して、「果たして、LGBTは日本でそこまで差別されているのか?」
  • 日本は他国のように宗教上の理由で、同性愛が禁止されておらず、家族や親友の共感が得られない苦しみはあれど、社会的な差別などは存在していない。
  • 「生きづらさ」の根幹は、社会制度ではなく、本人の人間関係であり、そこへ行政が介入して、「税金を投与」する必要性はない。

これが前半の結論で、ここから問題の「生産性がない」一文へ突入いたします。

社会保障にあてる「財源」というものは、限りがあり、キャッシュフローを考えないといけないため、「ここにあてる、ここは使わない」という判断が下されるというのは、抗いようのない現実です。

だから「LGBT支援はほかの子育て支援に比べて、国目線で考えると優先度は低いです」という要約なら問題はないです。

しかしながら、現実として、投票権をもっているのは、子どもや若年層よりも高齢者が圧倒的多数なので、今まで大量の生産を行っていただきましたが、これから先の生産を担う若者への支援が難しくなっています。

LGBTもそうですが、実際に結婚したり、交際してこれから結婚を考えている人も「子供を育てることって贅沢なのかな?」って考える人がいます。これって他国、例えばフランスや北欧じゃ考えられない思想ですね。

もし、自民党が高齢者に対する社会福祉を大胆に削減しながら、子育て支援や就労支援に全力を取り組むような姿勢なら、今回の「生産性」発言は問題ではなく、むしろ「この自民党ならそこまでいってもいいぞ~」って追い風になったかもしれません。

発言した人が、発言した行為をやっていなければ、不快感や反発が生まれるのは当たり前のこと。

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教育で性指向を問い直すことはできない

後半に差し掛かると、「そもそもLGBTとはなんぞや?」という話になります。

T(トランスジェンダー)は「性同一性障害」という障害なので、これは分けて考えるべきです。自分の脳が認識している性と、自分の体が一致しないというのは、つらいでしょう。性転換手術にも保険が利くようにしたり、いかに医療行為として充実させていくのか、それは政治家としても考えていいことなのかもしれません

一方、LGBは、性的嗜好の話です。以前にも書いたことがあります。(中略)

マスメディアが「多様性の時代だから、女性(男性)が女性(男性)を好きになっても当然」と報道することがいいことなのかどうか。普通に恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことに繋がりません(中略)

多様性を受け入れて、様々な性的指向も認めよということになると、同性婚の容認だけにとどまらず、例えば兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころかペット婚や、機械と結婚させろという声も出てくるかもしれません。

「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません

(新潮45 59~60ページ 「LGBT」支援の度が過ぎる)

そういえば、過去に職場で夜の店に行ったことがあると告げたら、「そうか、安心したよ」って言われました・・・どういうことや~~~~

まず、トランスジェンダーは障害なので、支援は必要という主張をするなら、生産の下り、本当にもったいなかった・・・

ただ、トランスジェンダーでテレビに出ている人って、同性代の女性より美人だったり、女性らしい声をお持ちの方が多く、相当な努力を積み重ねてきたのでしょう。そういうイメージがつきすぎているのですが、アマゾンレビューでトランスジェンダーの有名人の本に対して、低評価をつけて「身なりは完全に男なのに性器だけ女性にかえても何もかわらない」という旨のコメントを良く観ます。(アマゾンコメントなので真偽は定かじゃないですが)

後半の主題をすごく、過激にとらえるとすれば、

「マスメディアで、性に対する多様性を主張しすぎているので、教育は異性愛が基本とすべき、それが健全な社会に繋がる」

話は戻りますが、同性愛に対する抑圧が強いアメリカでは、社会的に同性愛であることを隠さなければならないという認識が強いため、議員であり、妻と子供はいるが、本当はゲイだったというケースがございまして、そういったドキュメンタリー映画も製作されていました。

「同性愛の性指向、自分の本当の性をみんなに公開しようよ!!」って動きになりすぎると、それはそれで、当事者の方々が生きづらい、静かに生きていたいという願望を破壊することになるので、動きが活発になりすぎることを危惧することはわかります。

だからといって、いくらマスメディアで「性別には様々な種類があって、自分の思う性別を選択しよう」と報道したって、男子校・女子校に通い続けたって、レイシストの家庭に育ったって、同性が本当に好きならそれを変えることはできません。

それは、一時期だけ「もしかして、俺、男に興味があるのかも?」って考える時期はありますけど、ヘテロセクシャルであれば、いずれは女性の身体に興味を覚えるようになります。

マスメディアや教育の方針だけで、性的指向が変わるほど、馬鹿でもないですし、そんな単調な問題じゃないんです。

僕、どちらかといえば微保守な考えを持つ人間ですけど、一部保守をかたる人の代表に「日本はこういう歴史があったから教えてあげないと」と過剰な上から目線で、語る人が多くて、例外を認めないんです。極端な左派や右派って根本は全く一緒。自分の思考だけを愛しているのですよ。そう、僕も自分のブログの記事を読んでニヤニヤすることがある!!(カミングアウト)

それに、いくらマスメディアが報道したところで、現代はSNS、ブログ、動画とセカンドオピニオン以上の価値を提供するメディアが大量に存在するので、メディアや学校教育の教えが絶対的な時代は既になくなっているのです。

この人も、何冊も本を書かれているので、自分の主張が伝わったり、賛同されることに優越感を感じて、今日に至るという流れでしょうか。

(次の新著は「なぜ私はLGBTと戦うのか」になる予定とか)

前半の生産性は自民党の社会保障のスタンスを含めたこととして、大きな問題とは思わないですよ。ひろゆき氏が言うように、「それって安倍首相への特大ブーメランだよね?」って話でもありますから。

でも後半は、杉田議員の人間性や主張があまりにもストレートに反映されすぎてしまっているという点で、こちらを危惧すべきと・・・まぁメディアは地味すぎるので、取り上げないでしょうけど。

そして、僕はこれからも「みお」を全力で応援したいと思います。

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