林先生初耳学 高学歴ニートVS林先生 林先生はニートにどのような意図をもって働かせようとしたか?

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今回は林先生の初耳学で繰り広げられた

高学歴ニートVS林先生

年明けから暗めな話題ですが、とりあげなければなりませんね。

親のスネはかじれるならかじれ

子供と両親が同意なら問題はない。

親として、子どもが他人に迷惑をかけると困る。迷惑をかけるぐらいなら自分にかけろと思っている

(林先生)

これは温かい言葉をかけているようにみえるけど、ある意味、親からその程度に見下されているんだぞと林先生なりに発破をかける先制攻撃だったのかなと思います。

これは岡田斗司夫も言っていて

「月に30万円親が稼いでいるなら無理して働く必要はない。それで雇用の数を圧迫する方が不利益だと思う」というニュアンス?の発言されていました。

だから、僕も新卒後は不況ってこともありましたけど、1年ほどニートしていましたね。

人生の自分の限られた時間を他人のために使いたくない

自分の人生だから好きなことをして、税金を払わない人がまかり通ってしまうと社会が破綻する

人に対して貢献がしたいという欲求の通りに動けば社会はまわる

それだけでは、足りません
僕たちは、思っている以上に日本社会の恩恵を受けている。道路、国防は?

(林先生)

あらゆる公共サービスにお金をかけており、僕らはそれが当たり前、慣れていると思っている。社会的コストがかかる暮らしに慣れているので、何が税金で賄われ、誰がそこに従事しているかという想像が足りないです。

まぁ・・・政治家は多すぎると思います。

日本の法律に納得していなくて、このルールでゲームをやるっていってないのに、強制的に参加させられて、気に食わない(高学歴ニート)

社会的サービスをたっぷりもらっているくせに文句を言う資格はない(林先生)

日本はまだアメリカに比べて、トリクルダウンが成されている国だと思うんですよ。日本のことを「最も成功した社会主義国」と言われているわけですから。

そして、僕がニートだったとき、とにかく朝起きたら近くの図書館へ行ってクーラー浴びながら、気になる書籍をかき集めて読んでいましたね。
今、フルタイムで同じことができるかといわれたら無理ですね……

国民皆保険だって、誇るべきシステムだと思っていますけど、月収20万ぐらいで、そこから月に1万ぐらい落とされるのはやっぱり痛いです……

いい大学を出て、いい人生を歩めないのはおかしい

明治大学を2浪で合格。その後不動産会社に入るが5か月で退職後、アルバイト生活
入ってみたら、高卒、中卒と同じような仕事内容、給与、待遇に不満

(高学歴ニート)

大学受験は決められたことをきちんとやれば受かる。ワンランク上の大学に2年使うのはどうなのか?
仕事でも納期を定められて、自分で延長する奴は信用を失う。(林先生)

学歴が高いと
「やっぱり○○はすごいね」
「え・・○○出たのにこの程度」

とポジティブ、ネガティブ評価が過剰に出る

現時点で、「早稲田出てるのに?」って評価になっているので、その評価に対してどうするかを考えないといけない。(林先生)

上の回答は高学歴に関わらず、大卒の人間が直面する問題ですね。

将来、新卒採用に限定する採用方針を見直そうとする会社、制度に変わってきていますが、まだまだ新卒というのは強力なカードです。

明治大の彼は不平不満を持っていますが、一心不乱に頑張っている高卒社会人に対して、大卒の人間が「大卒初任給」という恩恵を受けているケースがいくつもあります。

さらに、会社に入れば、みなプロとしてみられます。

本来は、中卒、高卒であってもその会社にすぐに入社し、キャリアを積み重ねている人の方が、大学で4年過ごしてからスタートする人材より戦力は上だと僕は思います。

下は残酷ですがこれも現実ですね。

プロ野球を見渡せば、活躍している選手の多くが甲子園に出場もしていない選手が多いです。

つまり、プロに入ってから、たゆまず努力を続けてきたからに他ならないのです。

高学歴をつかんだということは、高学歴を得るために、一般の人より時間や労力を惜しまなかったからです。しかしそれは、社会に出てからも継続しなければならない。

社会に出てから、さらにもうワンステップ努力しないといけないんですね。

やりたいこととできること

やりたいことかできることか?

仕事を決めるうえで

「自分がやりたいこと」を優先するか「できること」を優先するか

人のやりたいことっていうのは、願望、環境、情報など外部の要因に出会ったもの。
だからやりたいは偶然で、本当にやりたかったものなの?と疑う

できるは必然

(林先生)

ニートである時期があってもいいが、見切りをつける時期もある。(林先生)

資本主義の原点は競争・・・競争を避けて生きていくことは難しい。

(林先生)

ここ、誤解された人も多いんですが、できることって

「自分ができるぞ!!」って思うことではなく、他人から「お前○○できるね」って認められたことです。

他人ができると認識しているということが、社会的に価値があるってことなんでしょうね。

そして、他者がいなければ成立しないので、これは言い換えると

「外部に発信しないと、自分のできることは絶対に見つからないぞ」

って、発破をかけている言葉に聞こえました。

毎日勤勉に働いている
肉体労働を惜しまない
上司に嫌なことでも報告する

これをできるだけでも十分な社会人です。周りの同僚は自分たちもやっているので、あえて言葉に出さないですし

「お前、毎日ちゃんと出勤して偉いじゃないか」なんていわれたら、馬鹿にされているように思う人もいると思いますが、働いている人がいなくなったら、この上3つの重要性が沁みるようにわかると思います。

林先生の出した例ってまぁまぁ特殊なんですよね。

林先生の「できる」にたどり着くためには、社会経験をいっぱいやって、自分がやりたいことをある程度やってみてから、振り返ったり、他人からの評価を聴ける交友関係、立場にいないと難しいです。再現性は少し厳しいですかね。

ちなみに「やりたいこと」を探したがるのは、大学生が多いですが、社会人になって時間的、体力的な制約がついた状況でやっていることが、一番やりたいことです。

学生時代は、映画鑑賞やゲームをやっていて「俺のメインの趣味はこれだな」って思っていましたが、社会に出るとやる体力と気力が残ってませんでした。

逆にブログは、多少疲れてもできるので、やりたいこと?はこれかなと思います。

率直な感想

仮に「ずっと引きこもり」「就業意欲のない本物のニート」だった場合、番組に出演して、林先生と対等に話し合うことは難しかったと思うので、高学歴ニート(フリーター)という選択肢はベターだったのかなと思います。

高学歴ニートという立場を相手にしているので、ゴールは「彼らに社会へ出て活躍してもらいたい」というのは当たり前です。

ADさんもそうですけど、テレビ関係者ってすごいタイトなスケジュールで働かれていますから。

案に働けではなく、林先生にマウントをとるのではなく、オブラートに包みながら、いかに社会にでることの必要性、有益性を説くか、林先生もそこに面白さを見出していたのではないでしょうか?

僕も生意気なこと言っていますが、28歳まで、ずっと肩書はアルバイトでした。そして、正社員になっても、現在は大卒初任給で、1年にも満たない状態です。

一つ言えることは、社会に出ると

・尊敬できない年上上司もいれば、尊敬できる年下の後輩もいる

・本当にやりたいこと、やりたくないことが明確化する

これがメリットかどうかわかりませんが、こういうことが見えてきます。

僕はそうだな・・・50歳までにセミリタイアしたいな・・・(願望)

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