マイケル・ムーアは未だ死なず アメリカの民主主義の衰退にメスを入れる 華氏119はドキュメンタリー映画の傑作だ

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マイケル・ムーア、デジタルカメラ一つでドキュメンタリーをつくりあげ、一部の富裕層による支配、銃規制、医療制度、金融の問題などアメリカ社会の病巣にメスを切り込んだ。

彼の登場により、多くのアメリカ人が低予算ながらも、突撃アポなしで身の回りの疑問に突撃するという一種のドキュメンタリーブームが起こりました。

僕も初めて「ボーリング・フォー・コロンバイン」を見た衝撃は忘れられません。

(個人的に生涯ドキュメンタリー映画三本の指に入る傑作です)

そのマイケル・ムーアが「キャピタリズム」以来の本格的なドキュメンタリー映画を引っ提げて、カムバックしました。

それが

華氏119

2004年、ブッシュ再選を阻止すべく作った「華氏911」を踏襲したタイトルです。この119は、ドナルド・トランプ大統領が登場した日にちになっています。

11月に公開されたばかりですが、早速見に行きました。実はドキュメンタリーを映画館で見るのは初めてです。

僕にとってドキュメンタリー映画の教養と面白さに気づかせてくれた、マイケル・ムーア。

しかしながら、2009年のサブプライムローンとリーマンショックを描いた「キャピタリズム」では、アメリカの権力、富裕層の前に茫然と立ち尽くす姿が印象的で、市民の代弁者でありながら、彼も映像作家としてマークされてしまい、行動が難しくなりました。

もうこれで、ドキュメンタリー映画監督として死んだのか?

いや、未だマイケル・ムーアは健在です。

お得意のアポなし取材、権力者に果敢に食らいつく姿勢、そしてユーモラスな映像編集。2時間8分ですが、アメリカの選挙問題や社会問題を学びながら、エンターテイメント性も備えた作品でした。

タイトルや雰囲気からわかるように、トランプ当選におけるアメリカ選挙制度の問題や、ヒトラーの登場とトランプをだぶらせて、民主主義からの独裁政治の転換という警鐘を鳴らす作品であります。

最初は、トランプ当選の原因は、彼を面白おかしい候補者として奉った大手メディアにあると唱えます。彼らの多くは性犯罪者で、トランプをメディアに流すことで、金になるからと安易にトランプを奉ります。

そんなトランプも売名になるので、メディアを利用します。当初の目的は、大統領選に出るというプロモーションであり、彼は本気で大統領になる気はなかったと言われています。

その流れは、関係者の発言を集め、アメリカでもベストセラーとなったこの書籍を読まれるとわかります。

経営者が政治を運営すると起こること ミシガン州フリントの水汚染より

トランプ当選時は、「トランプの経営能力が政治に活かされる可能性がある」というトランプ希望論を掲げる人もいたが、ムーアはそのような幻想に真っ向から対峙しています。

その証明として、彼の故郷であるミシガン州の知事となったリック・スナイダーをあげています。

リックは、トランプの友人で、緊急でもないのに緊急事態を宣言して市民から権限を奪う。白人層が圧倒的に少ない土地でも、一部の白人権力者が統治できることを証明した瞬間です。実に前時代的。

さらにリックは、黒人が大勢済むフリントに対して、民営の水道を開設。水道会社はもちろん、銀行も巻き込みこのインフラは富裕層とリックに多額の利益をもたらしました。

しかし、その水道の水源が工場から出た廃棄水が中心で、鉛を大量に含み、人体に悪影響を及ぼす甚大な公害だったのです。

部下から基準値以上の鉛の報告があり、重要な顧客であるGM(ゼネラルモーターズ)からのクレームも受けて、GM界隈だけの水を変えるという卑劣な手を使いながら、市民には、「基準値と変わりません」と隠ぺいを続けました。

高齢者を死に追いやり、子どもたちに障害を残すこととなった鉛水。民営のため、粗悪な水にかかわらずほかの州よりも水道代がかかり、市民たちは生活費を切り崩しながら、ボトルウォーターを購入しています。

「なぜフリントから出ない?」

そんな疑問もありますが、逆に「誰がフリントに住みたい?」という問いに「NO」と即答するでしょう。

フリントに住みたいアメリカ人がいないため、家は売れず、街は荒廃するばかりです・・・

ムーアは、フリントの水を直接スナイダーの側近に飲ませようとしたり、フリントの水をスナイダーの邸宅に浴びせました。

アメリカ民主主義の衰退と危機というテーマ

トランプは、差別的発言を止める気配はなく、大企業への減税を推し進めています。

「トランプがダメならもう民主党しかない」

その短絡的な変換にも待ったをかけます。

この映画のテーマは、「アメリカ民主主義の衰退と危機」です。

民主党も80~90年代大企業から多額の献金を受け、選挙を有利に進めていた共和党にならって、同じように大企業と癒着し、選挙ノウハウを蓄えました。

現在の日本の自民党と民主党のように、アメリカの民主党も小さな共和党といってもいいでしょう。

若者や労働者に絶大な支持を集めたサンダースは、55群でヒラリーに勝利しながらも、民主党上層部の開票コントロールによって、ヒラリーが代表をもぎ取ります。

そんなヒラリーは、オバマ同様に企業から多額の献金を受け、選挙も自分をアピールできる場所、利益の場所ばかりをまわっていたためなのか、彼女は後に選挙人制度の仕組みで、トランプに負けるというしっぺ返しを食らうことになりました。

黒人初大統領、リベラルの希望といわれた前大統領のバラク・オバマも、水汚染でフリントを訪れました。

彼は市民ではなく、スナイダーに助け舟を出しました。フリントの水をパフォーマンスで出して、唇を湿らせるだけで終わり、それだけ帰りました。フリントの市民はオバマのパフォーマンスに落胆しました。

銃規制も果たせず、オバマケアも中途半端、そして警告もなく市街地戦を想定した陸軍による演習を行うなど、民主党の闇についても、鋭い指摘を加えた作品です。

優れた保守もリベラルもないアメリカ・・・果たして彼らはどうすべきなのか?

優れた憲法や法律を有していても、それを指揮する裁判官は大統領のおひざ元、民主主義にっ基づいた選挙制度があっても、党の上層部がコントロールできてしまう。

ムーアは、国民が問題認識し、行動を起こすべきだと喚起します。

銃乱射事件を受けて、親や教師ではなく、学校の生徒が自分たちの行動を改めながらも、銃推進派の議員と戦います。

この流れは、銃規制について言及された「ボーリング・フォー・コロンバイン」を見ていただきたくと感動します。

知事が独裁的な政策をとれば、その対象となった教師やバス運転手、給食担当の労働者があつまってデモを起こします。

そして、一般の社会で働く人々が、「自分たちがやるしかない」と自ら、議員として立候補する姿も映されました。

9.11を受けて、アメリカ政府は国民の行動を監視することを正当化させました。

しかしながら、現代人はスマートフォンという各々が事件を撮影し、録音できるアイテムを持っているのです。

終盤には、トランプの登場に感化されて、実に幼稚な差別発言をするアメリカ人をカメラにおさめた映像が映されます。

s富裕層、権力者、政治の統制はまだまだ権力を持っていますが、国民があらゆる情報にアクセスでき、それを発信するアウトプッターにもなれる可能性を本作では残しています。

本来は、政治家が権力を握って、有権者を管理・監視するのではなく、有権者が政治家を管理・監視していくことが、民主主義のあるべき姿ではないでしょうか。

その原点を、本作で再認識させられました。

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