デトロイト ビカムヒューマン 考察 人の代替としてのアンドロイドについて

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こちらは、「デトロイトビカムヒューマン」クリア後の筆者の適当な感想になっていますので、ネタバレ全開です。レビューの方は微ネタバレにとどまっておりますので、ご留意願います。

なぜマーカスは革命とデモの二択なのか?

デトロイトはすぐ先にある近未来を描いた作品です。

僕のようなプー太郎志望の人間には、AIやロボットが人間がやっていた肉体労働や、計算作業をすべて代行し、人は彼らの働きのおこぼれを享受すればいいな、と思っていた時期がありました。

ただ、それが完全に実現されそうなのは、はるか遠くの未来になりそうです。

車が登場して間もないころ、飛脚や馬車関連の職に従事していた人々が職を失っていたでしょう。

パソコンが世に出始めたころは、計算や広告サービスを地道に提供していた人々の職を奪ってでしょう。

最終的に、自動車整備士、IT企業などインフラが整い、誰もが利用できる状況になって、それを生業とする企業が生まれ、雇用が発生するという転換が起こるまで、そう短期間でこなせることではありません。

さらに、新しく職を請け負う人間は、なんでも吸収できる若者が多く、中年以降になるとつぶしが効かなくなるでしょう。

デトロイトの世界はまさに、「便利なアンドロイドが現れた!!」という利便性という暴力だけがやってきて、それを受け皿とする職業やインフラが普及していないようです。

デトロイトは、アンドロイドの発信地であるため、利用者は多いですが、アンドロイドの価格を考えると車やパソコンほどの利用者ではないと推測できます。

便利なサービス・概念が現れる→一部の人間がそれを利用し、独占する→みんな便利さに気づいて普及し、誰しもが扱う→それを主軸とした世界を作るために世の中が変わる

僕がデトロイトの世界で不思議に感じたのは、「人とアンドロイドが仲睦まじい姿、もっといえば結婚している可能性をもっとみせてもよかったのでは」という点です。

マーカスを例に挙げると、プレイヤーがマーカスに与えられる役割は、革命として人間に武力行使するか、デモ行進して非武装中立を訴えるかの二択です。

なぜ、そのような極端な方法論しかないといえば、人々がアンドロイドは当たり前に存在して、彼と協力して双方に利益と雇用を与え合う社会という考えにいたっていない、一部の人間が新しいサービスを享受して独占しているだけの未発達な状態であることを示したかったからではないでしょうか。

仮にマーカスの要求通りに、アンドロイドに人権を与えたとしたら、アンドロイドにできて、人にできないサービスをアンドロイドが要求して、それを提供することで人間側に雇用や利益が生まれる仕組みができるかもしれません。

それこそ、アンドロイドに給料を手渡したら労働問題も解決って思ったんですけど・・・一斉に人々が最高性能のアンドロイドを借金まで購入して、同じアンドロイドがあふれかえるが仕事は有限という袋小路な状況になりそうです・・・

人をサポートするインフラや機能を作ることの影響と人の代替を作ることの影響の違いは、後者の方が明らかに大きいわけですが、仮に近い将来、人の代替がつくられるとしたら、それをサポートする職業というのものも大規模に想定していかないと、デトロイトのような失業社会がすぐに出来上がってしまいそうです。

人の代替として関係を築くアンドロイド

デトロイトのアンドロイドは、ロボットという無機質な印象と異なり、見た目は人そっくりです。

それによって、家族、恋人、さらには性欲の代替として活用されています。

さらにデヴィット・ケイジは一歩踏み込んで、子どもまでもアンドロイドにして、養う社会を見せてくれました。

雇用の問題もさることながら、デトロイトには家族と離婚、死別して孤独に生きるキャラが象徴的です。

家族を作るための費用、それを維持するためのさらなるランニングコストと労力を考えると、アンドロイドで家族を代替させるという考えは、恐ろしいほどに効率的で、合理的です。

自分のお腹を痛めて、血肉の通った子供を育てたいという親もいれば、自分を慕ってくれる存在ならば、それを子供として愛せるという夫婦もいるでしょう。

日本ならば、老人の孤独死や不妊治療、そもそも独り身の問題が付きまとっているので、労働の代替以上にこの家族の代替としてのアンドロイドの役割は重大かつ深刻です。

一体のアンドロイドとずっと一緒に暮らして、そのアンドロイドに様々な人格データをインストールさせて、さも複数の友人と交友関係をもっているような感覚に浸るかもしれません。

僕のように、子どもが欲しいわけじゃないが、異性のパートナーができるなら喜ばしいという人間ならアンドロイドは、まさにうってつけかも・・・あぁ自民党の二階さんどうもすいません、勝手な考えで(笑)

本作を語るうえでの些細な点ばかりでしたが、個人的に想像したことをそのまま書きました。

おそらくプレイした人にとって、近未来のアンドロイドの実現性と、その可能性について一度は軽く考えさせられたでしょう。それだけ本作は近い将来訪れるかも?というリアリティを帯びたゲームになっているのです。

(労働や人種差別に重きを置いたのがデトロイトなら、このちょびっツは人と人の代替、恋愛関係に重きを置いた作品です)

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