オウム真理教 7月16日麻原彰晃の死刑執行を受けて、ドキュメンタリー映画「A」を見直した感想

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2018年7月6日、オウム真理教の開祖であり、坂本弁護士一家殺害、松本サリン、地下鉄サリンという未曽有のテロ、殺人事件を起こした麻原彰晃こと、松本智津夫の死刑が執行されました。

執行まで20年以上を要し、逃亡していた幹部の逮捕や、一連の教団の裁判が終結したタイミングで行われたようです。

地下鉄サリンが起きた1995年。僕は幼稚園児で物心もついていないため、オウム真理教は後追いで、特番や映画、ドキュメンタリーのメディアで他人から語られた情報で知りました。

特に衝撃を受けたのは、森達也監督による「A」というドキュメンタリーです。

アマゾンで4000円ぐらいのお値段はしますが、ショッキングな事件の全貌ばかりが特番で組まれるので、内部の普通の信者の方はどういう素顔をされて、考えをもっているかという情報が得られる貴重なドキュメンタリー映画だと思います。値段分の価値はありますね。

松本の裁判が行われている中、残されたオウム真理教信者の日常を追った映画です。

警察の悪質な転び攻防、プライバシーを度外視し、己の利益を優先するメディアの横暴、拠点に貼られる住民たちによる立ち退きポスター。

(勝手にアポを取ったことにして、突撃する民法?レポーター。それに反論するNHKレポーターを容赦なく口撃)

(サッカー選手も真っ青のダイブ×シュミュレーション×痛がる演技です。これをおさめただけでも本作の社会的意義があると思います)

そんな外部からの批判にさらされながらも、当時広報副部長の荒木浩をはじめ、松本を尊師、グルをあがめ、オウムの教えを実践し続ける信者が多いです。

そして、今もなおオウム原理主義を引き継ぐアレフと少し距離を置きながらも元信者も多い「ひかりの輪」という2団体が残り、全国で約30拠点、約1600人の信者がいるということです。

(現在はわかりませんが、まだまだ松本智津夫の影響は色濃く残ります)

ドキュメンタリー映画なので、外部では「尊師を信じます」って強気で言い続ける信者も家の中では、「もっと別の生き方があったんじゃないか?」という苦悩にさらされるシーンがあったりします。

「もしかして、サリンに関与したかもしれない・・・」。推測で濁すところで、真実を信じたくないという意志が感じられます。

現実社会の人間関係や、競争、欲望に悩まされて、そこから解脱されるために修行に入った人が多く見受けられますが、それは別の角度からみたら「逃げ」ととらえられます。

逃げることは悪いことじゃないです。ニートになったり、引きこもりになる期間がのちの将来のよりよい活動のために小休憩になることもあるでしょう。

ただ、現世から逃げる、家族関係から出家したことを選んだにも関わらず、オウムが社会現象を巻き起こし、メディアや近隣住民からの批判にさらされる。現実の極端な一面と向き合わざるを得ない環境に居続けることで、彼らをオウムにとどまらせる循環を、生んでしまったのではないかと思われます。

これ、宗教に携わっている人は起こるかもしれませんけど、宗教というのは、結局世の中で不条理な事象に直面した時に無理やりこじつけで乗り越えるテクニックだと思うのです。

そのため、彼らの境遇がメディアなどに追い込まれるたびに「これはグルが与えた試練なんだ」って脳内変換しちゃっている信者が非常に多い現象が起こっています。もちろん、「これはまやかしだったんだ」と元の生活に戻る人もいますけど。

それぞれが個人個人の想いでオウムに入っていて、オウムという集団に組している意識は、荒木氏と代表代行に少しあるぐらいであまり見受けられません。

一橋大学の学生の質問で「現実の欲求から抜け出したいというのもひとつの欲求では?」という質問が実に的確・・・

同じ人を尊敬する、同じ修行を実践するという共有の行動は持っていても、志はそれぞれ違い、オウムという集団に属し、集団が行ったことが社会にどれだけ影響し、連帯責任をとらされているかという意識がかけています。

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松本はじめ幹部が一斉に検挙されたことで、オウムの指示系統は崩壊し、そこに残ったのは、同じ信者同士の深い絆です。多くが家族や友人関係から身を引いたけど、その代替関係でオウム信者同士が疑似家族、友人になったので、世間からどれだけ批判されてもオウムという集団が明らかにマイナスイメージを与えてしまっても、そこからは抜け出せません。仲間を裏切れないです。

もし、僕なら集団の旗色が悪かったらすぐに逃げますね。

人間関係や、社会から抜け出したいという切なる想いがあってオウムに来たところが、余計に人間関係や社会のスパイラルに陥ってしまった。ならば、社会に出てもう一度生きてみることもハードルは、とてつもなく高いができるのでは?というのが森監督の一つのエールかなと感じました。

(地下鉄サリン被害者代表の方が、怒って説教するのではなく「とにかく親に自分は無事でがんばっているよと伝えてほしい」と荒木氏に伝えるも、「はいはい、やってますけど」と軽く受け流す荒木氏のやりとりが最も印象的でした)

(終盤のシーン。ニュースのオウムに対する報道をみながら森氏は「社会が要求しているのはなんらかの姿勢を見せること。社会にいきているのなら社会にあいさつし、宗教的背景がどうであれ、迷惑をかけたことについて謝ってほしいとおもっている」それに対して荒木氏は「ひとつみとめてしまうと、社会がオウムに対して抱く憎悪をひっくるめてこうていしたことになってしまいませんからね」と返答。この時点で28歳、外部の人間と交流した彼にもオウムに残り、立場を代弁し続けることを肯定しながらも、オウムの存在に懐疑的になっています。その後「わたしがうちいに帰った済む問題ですか?」と個人的な感情を吐露。森氏はやさしく「うちに帰ったら仕事はどうするかなど新しい悩みが生まれる。ただずっと帰らなければ親はその問題で苦しみ続ける」。最後に「30年後はどうなっていると思う?」と荒木氏に語り掛けると、荒木氏は苦笑いしながら「ハルマゲドンですかね」ここでカット。)

(故郷を訪れ、解説によると行きは、松本の説法を聞いていたが、帰りはイヤホンを外し、遠くを見つめる荒木氏。彼はほかの信者のように生物を殺傷する仕事に苦悩を覚えたり、人間関係に懐疑的になったわけではない。むしろ家族への愛情も感じている。彼の何が松本を惹きつける要因になったのかは、最後まで語られなかった)

僕は思想は自由だと思うので、松本をあがめようが、ヒトラーをあがめようが、法を破らなければ自由だとおもうスタンスです。むしろオウムの教義や、尊師という心の支えがなくなって生きられないほうが問題でしょうね。

ただ、近年まことしやかにささやかれているアレフの勧誘方法。

ヨガサークルを騙って、関係を作って入信させたりする方法には疑問を感じます。アレフの広報部は事件被害者の損害賠償活動をされているようですけど、事件被害者もそのような反道徳的な方法で損害賠償金を集められても心が痛むでしょう。

ちなみに、劇中の荒木氏は現在50歳で存命。アレフの広報部長として活動しており、地下鉄サリンの現場へ献花にいく場面が報道されていました。

大学時代の最後の夏、他の大学で彼らと同じように国立大学を出た知人がいて

「僕が学生時代にオウムがあったら、そこに入っていたと思います」と打ち明けてくれました。両親との関係がうまくいってなかったらしいです。

そして、彼も荒木氏と同じように女性関係が希薄だったようです。映画も好きで、話が合って永遠の友情が育まれると思いましたが、とある人間関係のトラブルで連絡先は交換していましたが、現在音信不通です。おそらくこれからも一生連絡をとることはないと思います。

現在彼がどのような生活を送っているのか?松本智津夫の死刑を受けて何を考えているのか気になる問題ではありますが、僕は自分の興味ある情報をブログでアップし続けるだけです。自分の考えを発信できるメディアを持てることを幸福に感じて生きています。

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