11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち 平成生まれの感想 主義主張よりも若者たちを選んだ大人の責任

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前から見たいと思っていたけど今日に至るまで保留している映画って皆さんも結構あると思う。

先日、TBSより生前の貴重な肉声がテープとして遺されていたのが発見された。

そう三島由紀夫……彼が自衛隊から派生した民兵組織の楯の会を発足してから、市谷駐屯地で切腹自殺に至るまでの数年を故・若松孝二によってドキュメンタリックに描かれた一作

11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち

をついに見ることができた。

ニートの時に大学時代のように映画を見漁る機会があって、若松作品を二作ほど鑑賞していた。本作は若松氏の晩年の代表作となった「実録あさま山荘への道程」と比べると保守的、左派的と表裏に見えるが、どちらも時代の在り方、大人の価値観に疑問を抱き、自分なりに無謀でも行動にして挑んだ若者の実録という点で共通している。



(若松孝二という監督は非常に基本に忠実なカット割りをする。本作でも自決後に桜のシーンをあわせたり、簡素なピアノで死に対する血みどろさを緩和させていたりする)

というより事件がどうだった、後世からみて正しかった、間違っていたという貧相な研究ではなく、若松孝二は何がどうなるかわからないけど自分の命を賭してまで世の中に挑もうとした若者のエネルギーという点に執着してこの2作を手掛けたのではないだろうか。

ありきたりな評論だが、情報にまみれ、平和に安住して、惰眠をむさぼっている僕のような20代後半の若者から少し離れてしまった人間からは痛烈に背中をたたかれているという痛みを覚えて仕方がない。

ちなみに僕は恥ずかしながら三島作品を一作も読んだ経験がない。三島事件は「昭和の大事件」などアーカイブ化された民法ドキュメンタリーで目にしたが、その時は身体が弱いことがコンプレックスで一時期急激にボディービルドに没頭し、自衛隊に入隊し、自衛隊の在り方に疑念を抱き、楯の会から少数の若者を連れて演説し、切腹と彼が即断即決で行動に及んだように報じられていた。

尺の都合といえばくだらないが、大蔵省を即やめて作家に転身して成功を収めた彼の計り知れない行動力からそう報じられても納得がいってしまう。

この映画の解釈はウィキペディアにも触れられているが森田必勝はじめ若者のエネルギーによって仕方なく行動に及んだという側面を孕んでいる。

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(楯の会の中にもサラリーマンとしての人生を歩み、三島から離れていくメンバーもいる。三島は当然総括することなく彼らを見送る)

前言撤回のようだが、確かに若者が世の中の理に疑念を抱き行動するという言葉そのものは美しく聞こえるが、逆に世の中の熱にうなされ行動に移さざるを得なかったという側面もある。結局、サラリーマン社会にうまく同調し、指示待ちのポジションを守ることで安定した生活が得られるような仕組みに乗っかれた人間たちが正しいのかもしれない。

そして三島の行動が少し遅ければ、石原慎太郎のように為政者側からメディアを通して法的な手段で日本国憲法がアメリカによって一方的に作られているという欺瞞を訴求し、引退後ベストセラーで悠々自適な生活を間違いくおくれただろう。(楯の会結成前からすでに作家として大成をおさめ富豪ではあるが)

劇中では三島が最も生き生きとしている場面は、日本人は日本の文化と伝統を守るために武士として戦うという主義主張を訴えるラストシーンでも作家として作品作りに励むシーンでも肉体を酷使するシーンでもなく、東大全共闘と討論したり、楯の会の若者と叱咤激励しあう若者との交流にある。

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インテリとして強固な理念や主義を最期まで自決という形で貫いたことは歴史的な事実だが、大物作家として保守的な大人、システム化してしまった自衛隊という堕落した大人に絶望し、可能性も知識もないがひたむきに命をささげ、自分に忠誠を誓う森田必勝はじめ若者との交流が一番の励みになったのだろう。

従来のイメージよりも悩み、弱みを見せる三島由紀夫像を示しているが、ラストの自決前に自殺用の小刀を握る前に「仕方なかったのだ」とつぶやく場面がある。命をかけて人を殺してでも自分たちの正しさを証明すべきだという無鉄砲な森田とは対照的に三島は自らの行動によって多大な責任が伴う、自分が死ぬことでしか精算できない、世の中が自衛隊を軍隊として自立する選択肢を捨てていることをすべて悟っている。

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自らの死にざまを全国中継で世の中にさらけ出すことよりも、若者たちの期待にどのようにして形にして応えるか、自分の行動で熱を帯びた若者たちがどれだけ議論してくれるのか、若者への熱意などが自決へとつながったのではないだろうか。

重要なのは彼が最期に放った主張が現代を振り返って「正論しかいっていない」と振り返るのではなく、彼が行動にいたるまでにどのような葛藤や要因があったのか?そして現代を生きる僕たちはそれをどのように時代を活かす形で転換できるかだ。でなければこういう過去を取り上げた社会派ドラマをみる意味なんて全くない。

そう考えると自らの主張を貫くために死んでいったという強固で、文化人として理想的な死に方ではあるが、一方で機械的だった彼の死にざまとは全く別の視点が浮かび上がっていく。

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自分が発起しながら行動に起こせないことへの焦燥によって暴走したという見方と、自分を慕って人生を擲って集まった若者の期待に何としてでも応えなければならないという命を賭した責任の取り方という見方。

この二つの見方があるが、おそらく三島が中途半端に楯の会を解散していれば、若者たちの鬱憤はハイジャックや人質立てこもりのように他者の命を奪い自らも死に追い込む破滅的な行動に及んでいただろう。
彼の行動と死によって若者たちは生きながらえたという見方もできるし、手段はともあれそれは彼の英断だったということは信じたい。

あの時代の熱に浮かされた若者たちはいずれにせよ破滅的な選択を行っていた可能性は高い。

劇中では森田以外の三人に「お前らは生きろ」と最後の命令を下すが、森田にも切腹するなと注意喚起したらしい。彼なりの自分を慕ってくれた若者たちへの返礼かもしれない。

実際に残っている東大全共闘との討論でも三島の表情は非常に活き活きとしている。自分とは全く主張の異なる相手でもその行動の発端には同じ動機があると感じ、一定の人生を経験し、膨大な知識を持ちながらも果敢に意見する若者を無知だと論破することなく受け止めてコミュニケーションをとる姿は、一人の大人として非常に尊敬する。

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(物語序盤。妻との会話はほぼなく、三島と自衛隊仲間の会食にちょくちょく顔を出すだけ。この時から妻は三島の死を悟っていただろうし、三島も「彼女ならひとりでいきていける」と語っている)

三島に比べると卑小だが、大人から蔑まれても、自分を慕う若者を裏切るような大人にはなりたくない。リアルの関係もそうだが、このブログを毎日読んで僕を応援してくれる読者に。(なんだか恥ずかしいな)

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