どんな時代も生きるためにみんな必死 サザエさん生誕70年 記念特別号 サザエさん2017を読んで

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週刊朝日による臨時増刊号。書店やコンビニで今も売っているかどうかという書籍だが。

サザエさん生誕70年を記念した特別号で、サザエさんの名場面を週刊朝日がチョイスした。

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20代なので当然ながらサザエさんの漫画を読んだことがなく、アニメの牧歌的な平和で温かい3世代の家族風景になごみながら、時にサザエさん症候群で次の日の学校におびえながら見ていた記憶がある。たぶん皆さんもそんな印象が強いと思われる。

大学生で同級生が「漫画のサザエさんは社会派だよ」と自慢げに語ってきたのが気になって仕方がなく(笑)、今回幸運なこの機会を利用してサザエさんの漫画に触れることができた。

時代の流行、価値観、言葉遣いなどがあり、4コマ漫画という行間を読むことが非常に重要なカテゴリもあって中には理解が難しいエピソードもあるのだが、サザエが貪欲で時として他人に迷惑をかけてしまったり、カツオが狡猾で責任を逃れるためにあらゆる手を尽くしたり、マスオが苦労人だったりと現代のテレビ放映と変わらぬ個性的な人物描写が受け継がれている。
逆に波平が「バカもん」と怒鳴るシーンが4コマではあまりなかった。 むしろ飲み会で遅くなったことを舟にしかられたり、自分もほかの家族に交じってつまみ食いしたりとお茶目な一面のほうが目立つ。

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(三島由紀夫の自殺に関する記事を食い入るようにみつめるサザエ。これだけだと単なる社会派だが、読んでいる場が美容院で勝手に長居する図々しさと弟のカツオに連れて帰られるという抜けた感じがいかにもサザエさんらしい)

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(新しいビジネスを開拓したり、これからサービス業が爆発的に増えて深夜勤務が一般的になる先駆けとして深夜勤務の苦労話を挿入したりと働く人間の苦悩を辛すぎずちょっとしたコメディで癒しながらも描写するという絶妙なバランス感覚が素晴らしい

最も多いのはお菓子やご飯をつまみ食いするというオチ。現在は核家族が主流で必要最低限のご飯だけを作って自由な時間に食べてねっていう家庭も多く、子どもが潤沢に作られた揚げ物やカレーなどをつまみぐいするシーンは減っているかもしれない。
長谷川町子の描くサザエさんは戦後まもなく資本主義突入という社会下にあってサザエ一家含め登場人物が活きるために試行錯誤を繰り返し、他人をだましてでも自分が得しようと悪く言えばずるく、よく言えばバイタリティあふれる日常が生き生きと描かれている。

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ちなみに「サザエさんのような温かい家庭」と言われるほど彼らは模範的な過程として取りざたもされ、現代人にとって彼らの風景はもはやファンタジーとして消費されている一面もあるが、漫画では

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まぁ下は子供を養うためともいえるが、離婚ネタや夫婦生活に飽き飽きしていることを愚痴るという描写がとにかく目立つ。現代でも結婚や家族というのは個人のステータスをあらわすバロメーターにもなっているが、もうすでにそのステータスに辟易したことが間接的に伝わる。

日本の日常系はアメリカのサウスパークやシンプソンズに比べて芸能人や特定の団体を出してまで描写するような皮肉や社会性が薄いものだと感じていた。
他国のイベントを自分なりの解釈でいろいろ追加して、イベントだらけの国であることや先進国で物が豊かになり衣食住以上の話題に事欠かないことや、そもそも四季による他国に比べるイベント量の多さと苦労話が豊富だから、何年もバレンタインの話を繰り返されても一年後になったらまた新鮮に見ることができる。

わざわざリスクを冒してまで社会情勢とか皮肉を描写する必要はないから、家族の一日を臨場感たっぷりに映し、うまくキャラクターの個性付けができれば日常系漫画はヒットする。すでにレッドオーシャンなだけで……

でもこの漫画版サザエさんには当時を必死に生きてきた人の痕跡というのが確かにある。ずるしてでも稼ごうとか少しでも得して上に立とうとか。あまり奨励されない行為でも資本主義で競争社会で生き抜くための知恵だったり、皆がそのようなレールに乗って生きるしかないという一種の悲哀すらも感じさせる。

サザエさんという元の家族の人数が多いからこそ、外との接触も豊富かつ
複雑に描けるという優位性をいかんなく発揮されている。

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(友達が休日にいろいろ予定をいれていることに嫉妬を感じたワカメが道端の適当なおじさんとカルタとりの約束をするという現代なら事案もの?。最近LINEで小学生が有料スタンプほしさに外部の大人と付き合うという事件もあったので子供にとって外部と簡単に接触できてしまうという現象を描写したという見方もできる。まぁ健全でコミカルな話なんですけど)

ドラえもんやクレヨンしんちゃんにもこうした連載当時の社会をそのまま反映したがために現代のアニメ放映のような繰り返しの日常とは違う洗練された日常が描かれているのだろう。

日常系漫画やアニメはヒットしたら長期で運営されるのだが、長引けば長引くほどの今ならではのトピックを掬いあげるのは難しくなり、お約束化がエスカレートする。逆に出始めやリアルタイムの連載中はいかに既存の日常系と差別化を図るか、時代のエッセンスをいかに吸い取るかという今を生きている日常を鮮烈に描けるのだと感じる。
もちろん、今読むと古いと思うトピックや価値観はぬぐえないが、逆に現代と同じような苦労や悩みで当時の人も思いつめていたんだなぁという長谷川町子を通して平成と昭和の世間話を疑似体験できるようなスリルを味わえる。


(約400円。居酒屋気分のタコと同じ価格やね)

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