君の名は。が描く人生を背負うというハードルの高い恋愛願望 なぜ恋をすることが面倒くさいのか? 

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どうも彼女全全然できない司真です。

社会現象にもなり、国内興行収入で歴代2位という異例の大ヒットと飛ばした新海誠による「君の名は。」を見ることができたのでその感想を書きたい。あくまで感想をつらつら書くのでとりまとめのない文章であることを悪しからず。

ちなみにまだ公開中なので物語の根幹にかかわるネタバレは避けるが、大筋は話すのでご了承願いたい。

その前に実は3年ほど前に新海誠の総括レビュー的なことをやっていたので、興味のある方はクリックしてもらえると嬉しい。

新海誠の世界観 関係の死に僕たちはどう立ち向かうか?

本作はいままでの新海誠作品の中でもかなり甘めで、喪失感も薄く前向きなストーリーであることから彼の作家性、ストレートに言うと童貞臭さが抜けてきているという評価もあれば、口噛み酒を代表に女性の性的な側面を作家の欲望で満たしまくるこの歪な作品が100億以上の興行収入をたたき出して社会現象になるという不可思議な感覚もある。

なぜ君の名は。の恋愛模様にうっとりしてしまうのか?

この作品は美麗な映像による視覚的快感もさることながら徹底した恋愛ファンタジーを受け手に植え付けてくるところがクレバーだがなかなか危ういなと思わせる。

男主人公が女主人公の生活、家庭環境、人間関係をすべて把握したうえでその女性が抱えている大きな困難を救うことで恋愛関係がようやくスタート地点に立つという物語の大筋だ。

ちなみにスタート地点であるというところが微妙にポイントで、細田守出世作の「サマーウォーズ」なら世界的危機を救った主人公は憧れの先輩に惚れられて交際が確約されている。



(並みの男性声優より長編アニメで場数を踏んでいる神木隆之介)

ちなみに過去の新海作品でも学生時代に自然な流れで付き合うことになった女性に「彼女の人生を僕は背負いきれるだろうか」と責任感だけが先行して恋愛関係が自然消滅してしまうという男主人公を描いた作品はいくつかあった。本作はそういった過去の新海作品で「理想的な恋愛」を果たせずに散っていった男主人公に対する応援歌であったり「理想はこれだよ」という強引な解の提示だと思う。

しかしその初恋の相手ができたことで結婚→出産までも計算して「この人の人生を俺が背負いきれるのか?」と学生時代からひたすらに悩む男主人公は恋愛未経験者からするとかなり説得力のあるリアリティのある葛藤でもあった。でそうやってムキになっていくうちに目の前の彼女との約束を守れたかとか些細な悩みに耳を傾けられたかというところがおろそかになって愛想つかされるのだなぁという流れも「あるかもな~」と思わせるポイントだった。

それにそういう感情は初めての恋愛ならではの深刻ながらも初々しい悩みで場数を重ねた人はもっと割り切った関係性で妥協できるからそういう初々しさに郷愁を覚えるのかもしれない。

かなり差別的な見方だが、本作の恋愛模様に憧れを抱く男性は愛する人の全てを知り尽くしてその問題を解決してあげたいというマッチョな思想にあこがれるだろうし、女性は自分のことをすべて知ってもらったうえでちゃんと関与してほしいという願望をダイレクトにぶつけているのだと思う。
(でも三葉がちゃんと父親と対峙して問題を解決しようとするシーンもあると一応補足)

そもそも入れ替わりの発端は三葉が「都会のイケメンの男子になりた~い」という一言にある。間接的に瀧は三葉の人生を変える存在としての役割があることが示唆されている。

自分の人生をしっかり理解して、そこにリスクを冒して関わってくれることが好きということだというのが恋愛の理想形だからうっとりする。君の名は。が恋愛ファンタジーとして機能しているならそういう構造があるに違いない。

そして、裏を返せば最近の若者が恋愛に対して面倒くさいと考える本質は時間や金を自分のために使いたい以上に好きな人であっても他人の家庭環境や人生に深くかかわることが厄介で面倒だと天秤にかけて考えているからだという暗示なのだと感じる。(もちろん出会いがない、恋愛が神格化されているというありきたりな例はここではあえて省くよ)

しかし、あくまでも恋愛ファンタジー。出会った瞬間や恋が発芽した刹那は相手の人生の問題を解決したい、家族関係を修復したいという責任感があっても、どこかで妥協したり、結局は相手の自助努力でこちらは応援するしかなかったりする。

君の名は。はハッピーエンドでほぼ完結してしまう物語なので、今までの新海作品にあったなぜ男女は別れたのか?別れた喪失感からどのような生きる活力を得ていくかという問いと考えは乏しくなっている。

逆に物語の旨味を捨て去って恋愛の継続性の虚しさみたいなものをといた「風立ちぬ」という作品もあったが、あれは本当に男から見た都合の良い女といのがありありと描かれていた。

ある意味ディスっている側面もありながら、僕もこの映像マジック、恋愛願望にやっぱりうっとりされてしまった。

瀧が三葉の故郷が背負った宿命を悟って、三葉が口に含んで作った口噛み酒を口にしたあのシーン。深いディープキスという外的な関係性と故郷の一員として儀礼に参加し、自分も関わるという内的関係性を文字通り呑み込んでいくという意図もあって、性的な男女関係から絆としての男女関係への発展という劇中でも高揚感を煽るシーンで、そこにぐっと来てしまった

でもさ、現実は「この人と付き合うためには最低でも正社員になって年収いくらいるよなぁ」とか「この人に足りないものをしっかり補わないとなぁ」という使命感は相手へのリスペクトでもあって、必要ではあると思うけど、それになるまでに相手は結婚してましたとか、その条件がそろったとしても「次は○○で○○が必要だ」と恋愛に条件や募集要項などを自分で盛り付けてしまうと一生恋愛できない体質になるんじゃないかな。
そもそも「相手に見合うか?」って考えている時点で付き合えたとしてもそういう後ろめたさと付き合っている限り葛藤しなければならないから幸福な恋愛とも呼びづらいのかも。

ここまで社会現象が進んだ作品なので、例えば「千と千尋の神隠し」が好きな人は親への期待感が皆無で、人生は自分で力で生きていくしかないという考えをもっているんだという思考のリトマス試験紙のように、君の名は。の恋愛模様にうっとりするとか憧れを抱く人は恋愛に対して外見や内面以上に自分の家庭環境にも関わって解決してほしい(または解決したい)という高いハードルや志を抱いている人だなぁという風に僕は感じる。

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