公園のトイレに駆け込むことでわかるコンビニトイレの変化と感謝

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職場の後輩二人と仕事終わりにスロットのAタイプを閉店前の運試しで打って、三人全員が買ったためラーメンで祝福し、帰りのコンビニでアイスを奢りあう。肉体労働者にとってはなかなか至福の時間だった。

笑顔で仕事を終えた安堵とたたえった興奮で終電後の市内から帰宅すると腹が痛む。ラーメン後のアイスなので致し方なし。

自宅までは徒歩15分ほど、間にコンビニは4店舗ほどあったが26年も付き合ってきた腹だ。「これならまだ大丈夫だ」。その油断が命取りだった……

自宅に向けての曲がり角、徒歩にして5分程度。間にはコンビニはなく、公園だけ。そこで身体が安堵してしまったのか。急に呼吸が荒くなり、腹がぐるぐると動き出す。
自宅からすぐ近くの公園でもう腸が躍動しはじめたので観念して男子トイレに。おそらく5年ぶりとなる和式便所へと。

入った瞬間、青ざめてしまった。

トイレットペーパーがない!!

近年、公共施設でのトイレットペーパー盗難が取りざたされて、公園でトイレットペーパーが置かれていない事例は当たり前となった……というのはこの後にネットで検索して得た情報で、自宅の近くということもあって母親に観念した声で「やってしまった……トイレットペーパーを持ってきてくれ……」。パンツを汚して帰宅するよりはよっぽどましだがあまりにも情けなかったが、残り2分が我慢できなかった。そういうことってあるでしょ……

トイレットペーパー盗難者、許すまじ!!

みなさん、水に流せるティッシュは緊急時のために絶対にもっておきましょ~

2016-10-22-213646
(水に流せるティッシュの自販機が存在している。これはなんと100円もしたし、その駅では普通にトイレットペーパーが常設されていたが、今回を機に無性に買わざるを得ない気分にさらされた(笑))

資本主義が成熟しながらも日本はトイレ事情に関してはかなり寛大だ。
欧州などでは公共のトイレは有料であることが当たり前。日本でも水に流せるティッシュが有料だったり、一部で使用に有料のトイレが存在するだがあまり発展することはなかった。

自動販売機が平然と置かれているという規律的な国民性か「日本人はトイレで用を足す以外の目的以外で長居することはなくルールもしっかりと守る」という信頼で、僕が小学生のころ外で用を足せるのは百貨店や公園程度が、全国のコンビニが従業員が使用したトイレを客でも使用できるように企業努力した。

コンビニのトイレを一度は利用したことがある人もいるかもしれないが、ここ数年の駅前のトイレとコンビニトイレは標準でウォシュレット機能がついていたり、手を触れずとも水を流せるセンサーがついていたり、しっかり便座をふけるエタノールが常備されていたりと「家のトイレより行き届いているんじゃないか?」と思えるほどの充実ぶりなのだ。
さらにコンビニでは男女それぞれの便所が用意されているところもある。喫茶店ですら共用トイレが一つあるだけのところが結構あるというのに……

僕が何より感動したのはコンビニの手洗いの壁をみると従業員が定期的に清掃点検のチェックをやっているところだ。
コンビニにとってトイレ清掃は盗難のリスクや従業員の労働アップ=人件費につながる。それで得られるのは間接的な利益。「トイレを使わせてもらったから何か買おう」という返礼に期待するだけ。
(それを促す意図も込めて従業員へ一言声をかけるシステムを導入している店が多い)
別にトイレを使ったから必ず何か買わねばならないという義務が発生しているのではない。

公共の、市民、住民税で作られている公園でのトイレよりも企業が努力によって無料化されているトイレの方がはるかに使い勝手がよく安心できるというのはなんとも皮肉というか、資本主義の一つの完成系なのかもしれないが、今回のアクシデントによって僕はよりコンビニという場所が好きになったのかもしれない。
(もしかしたらこのコンビニトイレによって利益をあげているのはミンティアだったり……)

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