仮面ライダーアギト考察 人の居場所ではなく自分の居場所を作るためにどうするか?

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優れたドラマの定義とは何か?
個人的に登場人物に感情移入できて、フィクションであるはずのフィルムの向こうの世界に入り浸っているようなロールプレイ感覚が味わえることだと思う。

仮面ライダーアギトのドラマツルギーが優れているのは、「もし俺が仮面ライダーになったら?」という妄想をしっかりとドラマで再現して、いくつもの選択肢を提示しつつ没入させてくれる点だ。
加えて言及すれば、それは肯定的な妄想ではなく「仮面ライダーになることの恐怖、デメリット」をできる限り想定して練り込まれた異質な作品である。

仮面ライダーというコンテンツ、いやヒーローものが好きな人は少なからず「変身願望」というものがある。

今の自分に満足できない。環境や自分の性格、立場がある日突然変わったら人生が全く違ったものに見えるかもしれない。要するに今の自分に満足できないから、その鬱屈とした日常を仮面ライダーに投影して気分を晴らす。僕もそういう見方をしていた。

仮面ライダーアギトは仮面ライダーになるまでの過程が突然変異だったり、天啓だったり、組織から選ばれたりと異なるものの、仮面ライダーとして戦うことで居場所ができた、称賛を受けたというヒーローになることのメリットを描いた作品では決してない。

仮面ライダーアギトの怪人役を務めるアンノウンは純粋に世界征服を狙ったり、私利私欲で人命を奪うわかりやすい脅威ではない。人類を管理するためアギトに目覚める素質を持った人間を刈りとる役目を担っている。
クウガにおけるグロンギのようにニュースになるように連続殺人が頻発するわけでもなく、普通の殺人事件と同じ程度の頻度で人が殺される。こういうわかりにくい脅威が倒されたところでアギトやギルスが誰かから称賛されることは特にない。

暴力に対する防衛のための暴力を行使する。様々な個性を担ったヒーローものであれば「人命救助」に特化した能力を持ったキャラも出て救いもあるが、あくまで個人技である仮面ライダーというコンテンツはどうしても怪人を倒すために高く飛ぶ、強靭な力を得ることが暴力に繋がりやすい。

本作におけるアギト、ギルスは人智を超えた超能力であり、G3は人間が開発した兵器の延長線上であるという理論が一貫して展開されるところが興味深い。
葦原涼のハードな人生を眺めるまでもなく、アンノウンが登場したら「戦え」と五感を刺激されプライベートを犠牲にするのだからアギトになりたがる少年はどれだけいるのだろうか?

視聴者に長いスパン視聴してもらうためには仮面ライダーは憧れでなりたい対象として描いたほうが手っ取り早いし、玩具もたくさん売れる。
アギトは仮面ライダーへの憧れを徹底的に否定しているヒーローものとしては逸脱した作品だ。

その証拠にアギトに選ばれた人間の一部は自殺を選択している。


(平成ライダー屈指のプロポーションとシンプルながら洗練されたデザイン。一言で「かっこいい」見た目であるが、ある日突然この姿になったらじゃあ喜べるか?そういう点も含めて本作はロールプレイものとしてもすぐれている)

ここまで語ると「アギトは否定だけの作品なの?」と疑問符をつけたくなるが、僕は平成ライダーの中で特に人間賛歌を描いた作品だと位置付けている。

冒頭に仮面ライダーを好む層は変身願望があると書いた。その層の欲望を叶える描写は「仮面ライダーになることによって居場所を得た過程を描く」。クウガや555はそれを究極的に描写した作品だった。
一方でアギトは「仮面ライダーになったことで居場所を失った人が、人として居場所を取り戻していく過程を描く」作品だ。

津上翔一は記憶喪失になったことで、葦原涼は恩師と彼女と縁をきったことで、氷川誠は捜査一課へ左遷されたところから、自分の居場所を求める。

翔一が一家に求められているのは、仮面ライダーとして戦っているからではなく、家事や料理をそつなくこなせるスキルと、面倒見のいい性格からだ。
涼がモテるのは、ツンデレな二面性や自分の苦悩を臆面もなくさらけ出しながらも、力強く人生を歩んでいく姿が魅力的だからだ。
誠は捜査一課に戻されても、上層部にたてつかず、現場からアンノウンの特性や事件の背後関係を捜索することでG3復帰へとつなげていった。

彼らが魅力的なのはアギト、ギルス、G3だからではない。彼らの人間性そのものが魅力的で、姿形が変わって、兵器や暴力を得るよりもよっぽど変身願望をかなえて自分を幸せにする効果的な方法があるという至極当然な結論を丹念にドラマで描く。

特にラスト5話はファンによって賛否両論だが、仮面ライダーとして役割を終えた彼らが一般社会でどのようにかかわっていくかというドキュメンタリーチックな手法で彼らが性格を変身させていく過程をダイナミズムに描いている。

翔一は劇中で人の居場所を守るために戦うと話していた。注目すべきところはその前に彼がいかにして自分の居場所を作ってきたかを捉えるところだと感じる。

僕らはある日突然超能力に目覚めたり、兵器を手に入れることはおそらくない。でも彼らのような生き方に倣って自分の居場所を作っていくことは絶対にできる。


(対談集だけ別売りで3990円なら買うんだけどなぁ……)

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