石井ぜんじを右に ゲーマーはこちらに 評価額 1300円

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のっけからアレだが、僕はゲーメストという雑誌を見たことがないし、当然読んだこともない。
後継誌であるアルカディアなら立ち読みしまっくたり、時には買ったりして、新作アーケードゲームの情報に一喜一憂した記憶がある。

格闘ゲームブームに乗っかり、ダイヤグラムという言葉と定義を作り出し、熟練したゲーマーをそのままライターとして起用することで同人誌的な密度とプロと違って、心の底から満足できるまで記事を書き続ける熱量ある文章が評判を得たらしい。

現在生き残っているゲーム誌が攻略ではネットに太刀打ちできないため、ひたすら業界誌としての優位性を図っている中、ゲーメストが時代に取り残されたのは自明と思われるが、石井氏は当時からゲームクリエイターのインタビューを何度も敢行している。現在のファミ通の内容を見るに先見の明があったといわざるを得ない。

そんなゲーメストの編集長を務め、ゲーム業界の酸いも甘いも知り尽くした生き証人、石井ぜんじ氏による熱量のこもりまくったコラム&インタビュー集を腹いっぱい召し上がれというのが本書。

主に三部構成になっており
・ゲームジャパンの「石井ぜんじを右に!」
一人のアーケードゲーマーだった石井氏がゲーメストでの活動を通して、当時流行の的となったゲームの熱量を振り返りながら伝える。テトリスやゼビウスといった国民的に知られた作品はもちろん、サイキックフォースなどの知っている人はニヤリとする作品まで取り上げ、各作品がどのような点で優れていたかを冷静な分析とともに振り返る。

・CONTINUEの「ゲームの彼岸にて」
一部とは対照的にアーケードゲーマーで一人のゲーマーとしてゲームが人生にどのような影響を及ぼしたか、難易度がゆるやかになり、達成感を得難くなったゲームへの憂いを2001年時点でぶつける熱量をただひたすら感じてほしい。スタンス的にはウメハラ氏の著書に似ている。

・ゲーム関係者、元ゲーメスト編集部の濃厚なインタビュー

二つのコラムの違いは前者が石井氏の経験談で、後者が石井氏の主張。

今回は主に「石井ぜんじを右に!」から印象に残ったコメントをほんの一部だが抜粋していく。

この時代のゲームを語るには、この前提がとても重要である。つまり、ゲームを遊ぶということは、社会的に「危険なやつ」と思われるというリスクが伴っていたということだ。ゲームで遊んでいる人間は(特に若いプレイヤーは)、ほぼ全員がそのような高いリスクを知りながら遊んでいたのである。好きだから、自分がその趣味を選んだから、という明確な意識でゲームを遊んでいたわけだ。(p5)

僕の時代も「ゲーム脳」というゲームを敵対視するようなフレーズが出回っていたが、ゲームセンターは既にフランクな場所となり、ゲームを遊ぶということへのリスクは低いものだった。すでに家庭用ゲームがゲームセンターのクオリティに追従し、最先端のゲームは家庭用ゲーム機で遊べることから「わざわざ出かけてゲームを遊びに行く」という文化はほぼ失われてしまったのかもしれない。

仕事は気合のみでやるものではない。普通の人にとって仕事がやりやすく、自然に回っていく環境にすることが最も重要なことなのだ。(p22)ゲーム作りを通して感じた事

「人と争いたくない」という感覚と、「人には負けたくない」という感覚は必ずしも矛盾しない(中略)
ハイスコアを極めることと、対戦の頂点を極めることは違う。それぞれが別の山であり、登りたい山が違うのである。
カプコンは優れたゲームメーカーで、いくつもの名作をゲームセンターに送り出してきた。しかしそれが優れすぎていたゆえに、語弊を恐れず言えば、ほかのジャンルのゲームをつぶしてしまう、ある種の副作用的な影響もあったと思う。(p31)

意外にも石井氏は対戦格闘ゲームよりもSTGが好きで、ダライアスやバトルガレッガについて生き生きと語るのだ。
ストⅡに対抗してKONAMIのゼクセクスの特集を組んだ週の売り上げが大幅に落ちたらしい。STG凋落を決定づけたタイトーSTGアーケード事業撤退よりも約10年以上前にSTGの衰退を察知していたのだ。

XEXEX(ゼクセクス)隠れすぎた名作 生まれて初めて戻り復活が面白いと感じた

攻略記事を載せることでインカムが減ることを懸念したゲーム会社とは対照的に、ゲームの楽しみ方を読者に伝えることで攻略記事をのせたゲームが少しでも長く遊ばれるように考えた石井氏。一つのシューティングゲームをはやらせるためにスコアランキングを100位までもうけるというアイデアもゲームへの愛情をうかがわせる。

ゲーメストは業界人のインタビューやプレイヤーそのものを記者として取り上げるという斬新なアイデアを世に出したが、あくまで攻略記事が重要視されるコンテンツだ。
現在ではそういった攻略情報が金銭を生むのではなく、最新ゲーム情報やゲームのストーリーの疑問の共有の方が活発に行われている。フレームやパターンといったゲームの中身ではなく、ダウンロードコンテンツなどのガワに注目が集まる。

ゲームの内容ではなくガワだけなら、ちょっとニコニコ大百科でもめくれば話に参加できる参入障壁の緩さが魅力なのだ。その緩さにちょっと慣れすぎて、経験することに億劫になってしまっているかなと最近反省することがある。

こうした濃厚なゲーム体験談を聞くことは、あらためて目の前のゲームに一本でもしっかり向き合ってプレイしてみようというやる気を起こさせてくれるし、ネットの不特定多数とは異なり、一人のゲーマーと対話しているような錯覚を覚える。

現在ではブログを通して、ゲームのガワやシステムをひたすら紹介するにとどまっており、トロコンやハイスコア、二週目といったやりこみとははるか遠いところでこだわってしまっているのだが、また学生時代のようにゲームを遊びきった先にある達成感をまた味わいたくなった。
もうちょっとゲームを楽しもうという心構えが必要かな?

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