横田増生「仁義なき宅配」 送料無料・日時指定・再配達の光と影

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この記事は以下の成分を含みます
・主観的
・長文だらだら
・ちょっと説教臭い?

それでも付き合っていただける方はよろしく

この本は今の自分は絶対買わなくてはと1400円という値段に目もくれず書店のレジへ直行した。

運命なのか、無職時代にこの著者の代表作である※アマゾンドットコム光と影のレビューを本ブログに記載したことがある。

2015年読んだ書籍では一番面白く、当事者であるというバイアスを許してもらえるなら本当に感動を覚えるほどの内容だった。

業界紙のように汎用性のある宅配業界の明瞭な切り口から、佐川、ヤマト急成長の立役者となった二人の社長の生い立ちと経営手法といった歴史、そして筆者が自らセールスドライバーと相乗りしたり、ヤマトの超巨大センターにて荷物区分の深夜勤についた臨場感あるルポタージュ。

かたぐるしすぎず、だからといって難破すぎない絶妙なバランスと、章ごとに切り口が変わるエンターテイメント性。業界紙の中では非常にお勧めできる一冊だ。


サービスはオプション化していけるだろうか?

周知のとおり、宅配業界はヤマト、佐川、日本郵便の三つ巴の様相を呈している。

24時間、365日。今こうして僕が記事を書いている間も腰と精神をすり減らして一つ一つの荷物をパレットやボックスに入れていることだろう。

この書籍が訴えていることは至極単純なことだ。

ネット通販による送料無料が当たり前になり、運送・運輸に対してかかる人件費もろもろの費用が無視される一方で、人件費や設備投資を必須とする時間指定、再配達を始めとしたサービスが膨らんでいるという問題。

セールスドライバーはお客さんとの約束である時間指定を守るために四苦八苦しながら、一方のお客さんは自分で指定した時間に不在であってもペナルティーがないわけです。これでは対等な約束とはなりません」(p308)

本書では時間指定の存在によってドライバーが順路をやりくりして遠回りになってしまうことを現場の声とともに実例として挙げた。

客のみならず荷主(通販会社など)からもサービスの要請は増えるばかりだ。サービスが増えるとチェック項目や処理のプロセスが増える。当然人手がかかる。求人における時給をしぼるとアルバイトが入らなくなり、正社員に高い残業手当を払わなければならない。

冒頭ではアマゾン提携による運賃のデフレ化と物量の激増によるパンクを経験した佐川、クール便騒動によりずさんな現場体制をあらわにされたヤマトが運賃適正化を試み、下落させた運賃を底上げしようと試みている。

宅配業界では、一個あたりの運賃が250円以下になると、宅配業者がどのように工夫しても利益が出ない構造になっている。大口割引込みで佐川がアマゾンに提示したのは、全国一律で250円をわずかに上回る金額だった、といわれる。
これを佐川急便の正規の運賃表と比べてみる。関東発関東着の一番安い荷物の料金が750円台である。関東発北海道着の荷物なら1100円台となる。運賃表と比べると、アマゾンの全国一律250円超という運賃が、どれほど格安であるかは一目瞭然だ。(p38)

結論からいえば、今から時間指定で在宅しなかったことによるペナルティ、サービス料金の細分化は100%ありえない。

重く、巨大でありながら安価な送料を要求する企業に対して二社が突っぱねたところで残り一社が商機とばかりに契約を結んでしまえばその安価な運賃がまかりとおる。これが一社独裁だとか、国営なら話は別だが、民間三つ巴、さらにほかの企業が参入してしまえば価格・サービス競争は自然と激化する。

事実、ヤマトと佐川が運賃適正化を宣言した一方で、日本郵便は取扱個数を増加させている。言うまでもないだろう。

消費者である私も個人間の適正価格による配達よりも先にアマゾン、ヨドバシなどの送料無料で翌日配達の利便性の味を覚えてしまった。いまさら戻れるだろうか?

ネット上のコンテンツが限りなくフリー(無料)になるのとは異なり、実際多くの人手がかかる宅配便の送料が無料になることなどない。しかし、アマゾンジャパンなどのネット通販に感化され、送料無料に甘やかされてきた日本の消費者は、貪欲に送料無料を探し続ける。それが、ネット通販業者へのプレッシャーとなり、回りまわって宅配業者への安い運賃という形で表れるようになる(p55)

論点は、「今ある無料のサービスを有料のオプション化できるかどうか?」。

時間指定の場合100円で有料化できるか?
再配達依頼を100円で有料化できるか?

そう考えると難儀な話になってくる。

ただでさえ、現代は共働きの核家族が圧倒的に多く、昔のように二世帯、三世帯が共同で住んでいたり、夫婦どちらかが家事を専業化していたら不在率は現在とは異なるものになったはずだ。

それでも、常識となっている送料無料・時間指定・再配達のサービスの裏で無数のサービス残業、毎日が誤配、クレームの綱渡り状況で現場が動ているという事実が認知されるだけでも本書の存在意義は計り知れないと思う。

運送業ではなくサービス業という考え

「この仕事はお客様へ確実に商品をお届けするサービス業です」

面接のとき、担当者に言われたこの言葉が今もよみがえる。

僕のようなバイトの身分であっても、差出人や受取人、通販会社や百貨店から突然の処理変更や荷物を大量に運ぶトラックの遅延などで1時間の休憩が半分、四分の一になることは当たり前。もちろん不在が積み重なって配達員の帰りが遅れたら、その日の荷物の処理や不在となった荷物を保管するために時間が割かれて定時にはほぼ帰れない。

囚人のジレンマのごとく、4時間バイトも残業(幸い?当たり前だが残業代はしっかりつく)しバ
イトが全員1時間残業することで一人が2時間残業する事態を防いでいる。阿吽の連帯意識によってなんとか支えられている。

身近に鬱になった社員やバイトを見てきたが、翌日、またはそれ以降の荷物の区分が誤っている可能性があるためその日の仕事をすべて終えたとしても「果たしてしっかり割り切れただろうか」という不安は常に拭えない。通勤時間と交通費による社会保障費の増加は痛いが、もし自宅から徒歩や自転車にいける近場の職場だったら、休日も生きた心地がしていなかったかもしれない。

一つ不安が発生して、それが消えたと思ったら新しい不安がやってきて、さらに不安が相乗りする。始めたばかりは精神の負担が少ない代わりに肉体の負担がかかる仕事だと思っていたが、今は両方だ……

現代の優秀なIT管理によって、だれが荷物を配達員に私かも一目瞭然であるため、100の成功よりも1の失敗が顕著になる(どの仕事もそうだが)。そういうミスが続くと「一体なんのために生きているんだろう」という哲学思考になったり、「今日は何も起こらないように」と途端に責任忌避な立ち回りになっている。

しっかり仕事をやりきったぞ!!
あの案件は見事に処理したぞ!!

よりも

今日はあそこでミスるところだった・・・・・・・・
何も起こらなくてよかったはぁ~

働き続けると自ずとこういう冷めた思考になって、感情も殺したほうが仕事がはかどることに気づく。

働いた当初は社会のインフラとして、社会の歯車として役に立っているという安心感が下地となって働くことができたが、今は生産性のなさと案外人との関わる面が多いということに徒労させられることが多い。

荷物の仕分けや配送はとにかく肉体労働+処理が問われる。仮に一人が病気や退職で仕事から離れた場合、削られた人員にかかる肉体的負担、処理しなければならない荷物の案件数は飛躍的に増える。当然それはミスに直結する。

基本は一年中フル稼働している業種のため、急な人員削減に対応することは困難で、現場でまわしていくしかない。


(この業界は本社からおくられ、ノルマや情熱、己の出世に飢えた社員と自分たちの明日で精いっぱい、綱渡りな現場を生きる非正規が入り乱れる環境だ。この作品は戦争映画だが、そういうことを予見したのかさえ思えてくる)

一度回り始めた歯車(サービス)は元に戻らない。しかし、そのサービスの裏にどれだけのコストがかかっているか?人出が犠牲になっているかをこういう書籍で知ることができる。そして、僕は今日もこの言葉を残してブログを書き終える。

肉体労働者に幸あれ!!

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(このころのブログは攻撃性だけが高かったような……)

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