疑心暗鬼なくして、懸命に視ようとは思わないし、記憶にも残らない アウターワールドがなぜ印象に残るのかという考察

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面白いゲームかと聞かれたら「人を選ぶ」と言わざるを得ないし、実際今回のプレイもほぼ攻略サイトに頼って二日ほどでちゃちゃっとクリアした。
アウターワールド攻略!
(攻略サイトでありながらユーモアに富んだ文面で読むだけでも結構楽しめる。1~10までのチャート形式ではなくプレイヤーがつみそうなポイントを拾って解説してくれるので、プレイのお供にいかがだろうか)

Outer World 20th Anniversary Edition
(3DS、WIIuだけでなく、VITAやPS4でもダウンロード販売がされるもよう。HALOのようにワンボタンでオリジナル画質とハイレゾ画質に切り替わるファンアイテム的な立ち位置。有名実況者、有野課長などで知名度はそこそこあるので気になる人は手に取ってみてはいかがだろうか)

90年代にはいって間もなく、まだハードの主流がSFCだったころにある24歳の若者によって誕生したのがアウターワールドだ。

現在でこそステータスを極力排除し、映画的なめくるめくカットシーンを駆使したアクションアドベンチャーは大衆に受け入れられ、一つのジャンルとして確立したものになっている。ただその遥か昔からアウターワールドはそんなジャンルの先駆けを作っている。

当時の作品としてはムービーシーンが長めで、ポリゴンを駆使したグラフィックは綺麗に動く切り絵のようなアニメーション。リアルともチープとも振り切れないそのグラフィックは突然異世界へと巻き込まれる主人公の経験を追体験させるにはうってつけだ。

間違いなく9割強のプレイヤーは冒頭の水中で操作しないまま下から迫るイソギンチャクに吸われて命を落とすだろう。助かったとおもい、画面の奥に座すライオンのような黒い影におびえながら、足元のヒルのような敵に膝をかっきられ命を落とす主人公に「そんなことで死ぬのかよ~」とつっこんで三秒後にこの世界の生物は非力な主人公にとってどれだけ驚異的なのか、主人公は果たしてここから脱出できるのだろうかという不安にかられる。

この作品は主人公を死に追いやるトラップ、外界からの異物でありながら自分たちの武器を扱う恐ろしい敵に容赦なく殺しにかかる異星人の脅威から誰しもが「死にゲー」という共通認識を共有している。

理不尽な作品ではある。本当にプレイヤーをあざ笑うように行くところ行くところにガスが噴射したり、命からがら抜け出したと思ったら画面外から敵と遭遇しペチペチと殴られ絶命するのだから。それに死の原因は操作性の悪さもある。主人公の挙動は実際の人の動きをモーションキャプチャーしたようになめらかにしゃがんだり、ジャンプするが、そのためにこちらの操作から常にワンテンポずれた動きをする。洪水から逃げたり、敵の攻撃をかいくぐるアクション性が求められるだけにこの相性は最悪だ。

しかし、そんなデメリットを抱えながらもこの作品がトラップ満載の死にゲーだからこそ国を問わず人を惹きつける世界観を創り上げられたと言える。

まず本作の死はストレートに生々しい。
上空から足場をみつけられず落ちてしまうと、少量の血を流して「oh・・・」とため息を漏らすように静かに絶命する。
主要武器であるレーザーガンで打たれると真っ黒焦げの骨だけになって散っていく。
洪水に呑み込まれると窒息死する。

あり得ないシュチュエーションも多いが、断末魔を含め死の為にわざわざ書き起こしたグラフィックが複数ある。

不思議な気分だ。たとえ死んだとしてもワンボタン押すだけですぐに近くの場所に戻るというのに。描写一つで主人公を先に進ませることをためらってしまう

聴きとれるような言語がほとんどないことやBGMが薄くSEだけで構成された殺伐とした世界観もさることながら、死にゲーであることからプレイヤーは一度理不尽な死を体験することで、次に何かないか注意深く画面を食い入るように見つめる。トラップだけではない、背景かと思われたコウモリやシャンデリアを攻撃することで先にすすむためのフラグを立てることができることからも画面を注視しなければクリアできない。

画面を食い入るように見つめることで画面にちりばめられた背景、敵の挙動に隠されたメッセージ、見た目はジャガイモからつぶらな瞳を覗かせるような異星人だが彼らの文明は私達よりも先に進んだ先進的なものではないだろうかという気付き。疑心暗鬼から一歩踏み出して思考してのめり込む没入感はまさにゲームでしか体験することのできない瞬間だ。

多くのプレイヤーは主人公に仲間する異星人の一人がなぜ自分たちの仲間を殺してまで主人公を助けてくれるのかと疑問に思う(その真相は続編の冒頭で語られる)。単に同族の排他的な思考に反乱して捕まった有志なのか、もしかしたらとんでもない犯罪者で主人公に味方するのは自由を掴むためとか。
彼が冒頭では単に主人公についていくだけで、主人公は彼を守っているような役割だが中盤以降になると主人公を全力で助ける。見た目も違う、話も通じないのに「こっちへこい」という身振り手振りのジェスチャーは伝わる。

戦場カメラマンになって戦地に赴き、過激派に見つかったら命を失うという危機感のなか、現地の理解ある一般人に出会えたようなそんなおそらくこの先体験もしないような心細さをゲームで疑似体験するとは。

その没入もゲーム冒頭ののんびりしていると引きずりこむイソギンチャクや、凶暴なヒルというお膳立ちがあってこそ活きてくる。

あとクライマックスで戦車から適当にボタンを押して脱出した先は異星人たちの浴場だった。窓から突き破った主人公に戸惑う女性異星人達。裸で逃げる彼女たちの悲鳴を聴きつけ異星人は全力で主人公を殺しにかかる。
終止緊迫感あふれるゲームプレイのなかクライマックスになって少しユーモアに富んだシーンだ。


備していた異星人は単にスケベ目当てで浴場を覗いてたまたま事件に巡り合わせたというコメディ的な展開も考えられるし(本作は80年代のスターウォーズな
どのアクション映画へのリスペクトが強い)、彼女たちは貧しい村出身で捉えられて兵士たちの慰みものになっていたなんて解釈もできなくもない。

難易度の高いゲーム、理不尽にゲームオーバーを強いるゲームというのは万人受けするものではない。一方でミスがほとんどなく、導入の優しいゲームというのは万人に受けるが記憶に残ることはほとんどない。
アウターワールドは早足でプレイすれば2時間ほどで終わってしまう作品かもしれない。ただその間に複数の死や不条理に出会い失敗することで凝縮された世界を視ようとプレイヤーは努力し、考察しようと働きかける。そういう作品は今も昔もなかなか出会えるものではない。

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